

「添加物は全部危険だから、成分表にトレハロースがあったら買わない」と思っていると、選べる食品が激減して損します。
スーパーで売られているお菓子やパン、和菓子の原材料表示を見ると、「トレハロース」という文字が目に入ることがあります。「なんか怪しそう」「人工的に作られたもの?」と感じたことがある方も多いでしょう。
トレハロースは、化学式C₁₂H₂₂O₁₁を持つ糖の一種で、きのこ類・酵母・エビなど自然界に広く存在する天然糖質です。なめこやシイタケなどの食用きのこには乾燥重量あたり数〜十数%程度含まれており、パンやビールにも酵母由来のトレハロースが入っています。つまり、意識していなくても日常的に口にしている成分なのです。
では、なぜ「添加物」と呼ばれるのでしょうか。食品衛生法上の「食品添加物」とは、「保存料・甘味料・着色料など、食品の製造過程または食品の加工・保存の目的で使用されるもの」を指します。天然素材かどうか、安全かどうかとは直接関係がなく、寒天やトマトジュースも用途次第で添加物になります。添加物=危険、ではないということですね。
トレハロースが食品業界に広く普及したきっかけは、日本企業・林原(岡山市)がトレハロースを効率よく生成できる酵素産生微生物を発見したこと。それまでは希少で高価だったため一般的な食品用途には使えませんでしたが、1995年から大量生産・販売が始まり、お菓子・パン・総菜・レトルト食品など幅広い食品に使われるようになりました。
現在市販されているトレハロースのほとんどは、じゃがいもやとうもろこしのでんぷんを原料として酵素反応で作られており、合成甘味料(アスパルテームやスクラロースなど)とは異なる天然由来の糖質です。砂糖の約40〜45%程度の甘さで、すっきりと上品な甘みが特徴です。
「食品添加物だから体に悪い」という印象から、トレハロースの危険性を心配する声は少なくありません。特に発がん性については気になる方が多いでしょう。結論は明確です。
平成30年度に厚生労働省が実施した「既存添加物の安全性評価に対する研究」では、急性毒性試験・反復投与毒性試験・変異原性試験の3種類の試験がおこなわれましたが、いずれも危険性はないとの結果が出ています。発がん性は認められていません。
国際的な評価も同様です。FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)が共同で運営するJECFA(合同食品添加物専門家会議)は、トレハロースを「一日許容摂取量(ADI)を特定しない」食品添加物と位置づけています。ADIとは「生涯毎日摂り続けても健康への悪影響が生じない1日の摂取量」のことで、これを特定する必要がないということは、安全性が極めて高いと評価されていることを意味します。
国際的な認可状況を整理すると、以下のとおりです。
| 機関・地域 | 年 | 評価・認可内容 |
|---|---|---|
| JECFA(WHO/FAO合同) | 2000年 | ADI「特定しない」(最高評価) |
| 米国FDA | 2000年 | GRAS(一般的に安全とみなされる)認定 |
| 欧州連合(EU) | 2001年 | 新規食品として認可 |
| カナダ、オーストラリア/NZ | 2003〜2005年 | 新規食品として認可 |
| 中国、インドほか | 2007〜2015年 | 食品原料として認可 |
現在60か国以上で食品への使用が認可されているということです。
なお、添加物の安全性が評価される際は複数の毒性試験が義務づけられており、発がん性の疑いがある成分は添加物として認可されません。このような厳密な審査を経て世界の公的機関が「安全」と判定しているという事実は、非常に重要なポイントです。
トレハロースの安全性 | TREHA Web(林原・ナガセヴィータ)- JECFA・FDA・EU各国の許認可状況を一覧で確認できます
2018年1月、科学雑誌「Nature」に衝撃的な論文が掲載されました。「トレハロースが、強毒性のクロストリジウム・ディフィシル菌(C.difficile)感染症の集団発生を引き起こしている可能性がある」という内容で、日本のニュースサイトや主婦向けの健康ブログでも大きく取り上げられました。「やっぱりトレハロースは危ない!」と感じた方も多かったはずです。
意外ですね。しかしこの論文は、後に複数の専門機関によって「事実に反する(レベル3)」と判定されています。
NPO法人食品安全情報ネットワーク(SFSS)が詳細に調べた結果によると、論文の仮説には複数の矛盾があることがわかりました。
- トレハロースが米国でGRAS認可された2000年より前の1988・1991年にはすでに強毒株の感染報告があった
- カナダで2003年に大規模な集団感染(アウトブレイク)が起きたが、トレハロースがカナダで認可されたのは2005年で認可より前に起きている
- 世界で最もトレハロースの流通量が多い日本で、20年以上にわたって腸炎のアウトブレイクが発生していない
これらの事実から、「トレハロースが腸炎の集団発生を引き起こした」という仮説は成立しないと判断されました。また、論文のマウス実験では対照群(比較グループ)にブドウ糖などの他の糖質を投与しておらず、実験設計の不備も指摘されています。腸炎菌のエサになった可能性があるのはトレハロースだけでなく、ブドウ糖や果糖など複数の糖質も同様だったのです。
論文が掲載されてから不安が広がるのは自然なことです。ただ、1本の論文をもって結論を出すのではなく、その後の検証結果も含めて情報を判断する視点が大切です。
食品添加物トレハロースは本当に危険か⇒「事実に反する」 | NPO法人SFSS(食品安全情報ネットワーク)- 論文の詳細なファクトチェック結果が確認できます
「危険性はない」とはいっても、どんな食品でも食べすぎはよくないものです。トレハロースにも注意すべき点はあります。
トレハロースを一度に大量摂取すると、一時的にお腹が緩くなることがあります。これは体質によって差があり、特に「トレハラーゼ欠損症」という体内でトレハロースを分解する酵素が少ない方は、少量でも影響が出やすい場合があります。
具体的な目安として、最大無作用量(=下痢が起きない最大量)は体重1kgあたり0.65g未満とされています。体重60kgの成人であれば39g、体重50kgの方なら32.5gが目安です。スプーン山盛り1杯が約10〜15g程度ですので、一度に大さじ3杯以上を摂るような機会は日常生活ではほぼないでしょう。普通の食事では問題ありません。
なお、トレハラーゼ欠損症の割合は報告によりますが0〜最大約2%と推定されています。乳糖を分解できない「乳糖不耐症」と同じような仕組みで、体質的に合わない場合は無理に摂る必要はありません。もし食後に繰り返しお腹の不調を感じるようなら、一度かかりつけの医師に相談してみるのが安心です。
また、トレハロースはキシリトールなどの糖アルコールとは異なり、体内でブドウ糖に分解・吸収されます。カロリーは砂糖と同じ4kcal/gで、血糖値も上昇します。ただし砂糖よりも血糖値の上昇と下降のスピードが緩やかで、ピーク時の血糖値も低いという特徴があります。糖尿病の方の「砂糖代替甘味料」として使えるわけではありませんが、砂糖よりは緩やかな影響にとどまるといえます。
トレハロースはどんな食品に使われているのかを知っておくと、スーパーでの買い物がスムーズになります。特に子育て中の主婦の方は、子どもが食べるお菓子やパンのラベルを確認する機会も多いでしょう。
🛒 トレハロースが使われやすい食品の例
- 団子・大福・ういろうなどの和菓子(やわらかさを保つため)
- スポンジケーキ・焼き菓子・クッキー(しっとり感をキープするため)
- 食パン・ロールパン(パサつきを抑え、もちもち感を持続させるため)
- ゼリー・プリン(みずみずしい食感を長持ちさせるため)
- 総菜・レトルト食品・冷凍食品(品質保持・うま味向上のため)
トレハロースには「でんぷんの老化を防止する」という特徴があります。パンや餅は時間が経つとぼそぼそと固くなりますが(これをでんぷんの老化といいます)、トレハロースはその進行を遅らせる働きを持っています。また、食材の水分を保持する「保湿効果」があるため、しっとりとした食感が長続きします。
食品添加物を気にしすぎて「トレハロースが入っていたら買わない」と決めてしまうと、選べる食品が極端に減り、かえって食生活の偏りや経済的な負担につながることがあります。安全性が確認されていない添加物(亜硝酸ナトリウム・タール系色素など)に注意を向けることは重要ですが、トレハロースについては過度に避ける必要はないでしょう。
家庭でトレハロースを活用したい場合は、砂糖の分量の2〜4割を置き換えるのが基本です。砂糖より甘みが約40〜45%控えめになるため、砂糖の量をそのままトレハロースに替えると甘さが薄くなる点だけ注意してください。スーパーや通販でも500g〜1kg単位で購入でき、価格は砂糖よりやや高め(500gあたり600〜800円前後)ですが、少量で風味を調整できるため長持ちします。
⭐ こんな場面で特に効果的
| シーン | 効果 |
|---|---|
| 白いパンやシュークリーム | メイラード反応(焦げ色)が起きにくく、白く仕上がる |
| 翌日以降も食べる大福・団子 | やわらかさが長続きする |
| サラダや切り果物 | 変色・しなびを抑える |
| 肉の下味 | 保水効果でしっとり仕上がる |
食品添加物全般について、さらに詳しく学びたい方は消費者庁や厚生労働省の公式情報を参照するのが最も信頼性が高いです。
食品添加物 | 厚生労働省 - 日本での食品添加物の審査・認可基準についての公式解説ページ
添加物の話題になると、「全部危ない」か「全部安全」かという両極端な情報が飛び交いがちです。正確には、添加物にはリスクのレベルに差があります。
トレハロースのように国際的に高い安全評価を受けているものがある一方で、注意が必要とされているものもあります。日本の主婦層が特に買い物の際に気にしておくとよい添加物を整理しておきましょう。
🔴 注意すべき添加物(一部)
| 添加物名 | 用途 | 指摘されているリスク |
|---|---|---|
| 亜硝酸ナトリウム | ハム・ソーセージ・たらこなどの発色剤 | 発がん性・神経毒性の懸念 |
| タール系色素(赤102号など) | 菓子・清涼飲料の着色 | 発がん性・アレルギーの指摘あり |
| アスパルテーム | ゼロカロリー飲料・ガムの甘味料 | 脳腫瘍・内分泌への影響研究あり |
| 安息香酸ナトリウム | 清涼飲料の防腐剤 | 毒性・子どもの過活動との関連 |
一方でトレハロースは天然糖質であり、ADI(1日許容摂取量)の設定が不要なほど安全性が高いと評価されています。同じ「添加物」という名前でも性質はまったく違う、ということが基本です。
買い物の際に成分表示を確認するのは健康意識が高い行動です。ただし、食品ラベルには量が多い順に成分が記載されています。リストの後ろのほうにある成分(=使用量が少ない)よりも、前のほうにある主成分を先に確認するのが効率的です。また、気になる添加物が入っていたとしても、1食あたりどれくらいの量が含まれるかを考えると、現実的なリスクの大きさが把握できます。
食の安全を守るためには「何が入っているか」を知ることと「どの程度のリスクか」を正しく判断することの両方が必要です。トレハロースについて正確な知識を持っておくことで、無駄に食品の選択肢を狭めることなく、本当に避けるべきものにエネルギーを向けられます。それが結果的に、家族の健康を守ることにつながります。
食品添加物トレハロースのファクトチェック詳細 | NPO法人SFSS - 「腸炎の原因」説の科学的根拠を詳細に検証したページ。信頼できる情報源として参考にできます。