

ネオニコチノイド系農薬は、ニコチンに似た化学構造を持ち、昆虫だけでなく哺乳類のニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)にも作用します。この受容体は神経伝達物質アセチルコリンの働きを担っており、過剰に刺激されると神経が異常興奮してさまざまな健康被害を引き起こすんです。
参考)https://www.actbeyondtrust.org/neonico_reference/whats/whats3/
神経伝達のメカニズムとして、ネオニコチノイドはアセチルコリン受容体に結合してしまい、本来のアセチルコリンの働きを妨げます。このため、神経が過度に興奮したり、逆に機能が低下したりして、中枢神経系、自律神経系、骨格筋に関連する多彩な症状が現れるわけです。
参考)http://www.asahikawa-med.ac.jp/dept/mc/healthy/jsce/jjce21_1_46.pdf
特に注目されているのが、ネオニコチノイドが脳血液関門や胎盤を容易に通過してしまう点です。つまり、母親が摂取した農薬が胎児にも届いてしまい、発達段階の脳に影響を及ぼす可能性が高いと考えられています。
参考)https://tifa-toyonaka.org/wp-content/uploads/b626f120c87af48c43d3a36497461717.pdf
東京都医学総合研究所の研究によると、ネオニコチノイド系農薬のイミダクロプリドとアセタミプリドは、発達期のラット神経細胞に対して、ニコチンと同様に1μM(マイクロモル)という低濃度から興奮性反応を引き起こすことが確認されました。これは、従来の結合実験から予測されていたよりも、はるかに強い影響があることを示しています。
旭川医科大学の研究論文では、ネオニコチノイド系農薬のヒト・哺乳類への影響について詳細に解説されています。
実際にネオニコチノイド系農薬に曝露された人々には、どのような症状が現れるのでしょうか。日本国内の複数の臨床報告から、かなり具体的な症状が明らかになっています。
参考)https://jsce-ac.umin.jp/jjce21_1_24.pdf
急性中毒の症状として最も多く報告されているのは、循環器症状(頻脈、徐脈、血圧上昇または低下、不整脈など)で、約90%の患者に見られました。次いで中枢神経症状(意識レベル低下、見当識障害、眠気、めまい、痙攣など)が約73%、骨格筋症状(肩こり、筋痛、筋攣縮、振戦など)も高い割合で出現しています。
参考)https://jsct-web.umin.jp/wp/wp-content/uploads/2017/03/24_3_222.pdf
松くい虫防除のためにアセタミプリドが散布された群馬県では、周辺住民78人に健康被害が報告されました。症状は多岐にわたり、中枢神経症状として頭痛、全身倦怠感、抑うつ、集中力低下、睡眠障害、記憶障害が91%に、骨格筋症状として肩こり、筋痛、振戦が91%に、循環器症状として胸痛、動悸が77%に出現したのです。
特に注意が必要なのが、農薬散布中の公園で遊んでいた3歳女児も被害を受けた事例です。これは子どもの方が化学物質への感受性が高く、より影響を受けやすいことを示しています。
亜急性の中毒症状としては、頭痛、全身倦怠感、動悸、胸痛、腹痛、筋痛、手指振戦、短期記憶障害、発熱、咳などが同時に出現し、心電図異常(洞頻脈、洞徐脈、不整脈)も89%の患者に認められました。これらの症状は、中枢神経系、自律神経系、神経筋接合部に存在するニコチン様アセチルコリン受容体が刺激されたことによると解釈されています。
アメリカの2018年から2022年のデータでは、ネオニコチノイド系農薬による中毒事例842件が報告されており、そのうち88%が中等度の中毒でした。報告された症状は、頭痛、めまい、倦怠感、眼や喉の刺激、皮膚のかゆみや発疹、化学熱傷、顔の腫れ、筋力低下や振戦、嘔吐、下痢、胸痛などでした。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11577727/
日本中毒学会の症例報告では、尿中にネオニコチノイドの代謝産物が検出された患者の臨床症状について詳しく記載されています。
ネオニコチノイド系農薬の影響で最も懸念されているのが、子どもの発達への悪影響です。胎児期から幼少期は脳が急速に発達する時期であり、この時期に神経毒性物質に曝露されると、生涯にわたる影響が残る可能性があるんです。
妊娠中のマウスにクロチアニジンを投与した実験では、クロチアニジンが胎盤を極めて迅速に通過し、胎児の体内にも母親とほぼ同じ濃度で移行することが定量的に確認されました。さらに、代謝産物であるデスメチルやデスニトロクロチアニジンも母子でほぼ同じ濃度で検出されており、化学物質への感受性が高い胎児への影響が強く懸念されています。
参考)https://kokumin-kaigi.org/wp-content/uploads/2022/06/JEPAnews115_web-6-7.pdf
動物実験では、母体経由でイミダクロプリドを投与された子ラットに、行動異常と脳組織の異常が認められました。また、クロチアニジンを母胎経由で曝露した子ラットでも、多動症に似た行動異常が確認されています。
人間においても、母親の尿中ネオニコチノイド系農薬濃度が高いと、子どもの発達に影響がある可能性が報告されています。国立環境研究所の研究によると、妊娠中の母親の尿中ネオニコチノイド濃度と、生まれた子どもの神経発達との関連が調査されており、神経毒性を直接評価できていない可能性があるものの、影響の可能性が示唆されています。
参考)https://www.nies.go.jp/whatsnew/2023/20231114/20231114.html
ニコチンの研究から分かっていることとして、母親が喫煙すると子どもの注意欠陥・多動性障害(ADHD)のリスクが有意に高くなることが疫学的に証明されています。ネオニコチノイドはニコチンと類似した作用を持つため、同様の影響が懸念されるわけです。
さらに、乳児突然死症候群のリスクも高まる可能性があります。ニコチンが呼吸器系の神経回路形成に異常を起こすことが動物実験で明らかになっており、ネオニコチノイドでも同様のメカニズムが働く可能性があるためです。
神戸大学の星信彦教授の研究によると、マウスの発達期(人間の学童期から成人期に相当)にジノテフランを投与すると、多動症に似た症状が引き起こされ、自発運動量が増加し、うつ様行動が減少しました。これはネオニコチノイドによってマウスがストレスに弱い状態になったためと考えられています。
国立環境研究所の発表では、母親の尿中ネオニコチノイド濃度と子どもの発達との関連について研究成果が公開されています。
日本におけるネオニコチノイド系農薬の残留基準値は、欧米諸国と比較して極端に緩いという深刻な問題があります。この基準の甘さが、日本人の体内からネオニコチノイドが高濃度で検出される要因の一つになっているんです。
参考)https://shufuren.net/requests/20231208-2/
具体的な数字を見ると、その差は歴然としています。アセタミプリドの残留基準値(ppm)を比較すると、イチゴでは日本が3ppmに対してアメリカは0.6ppm、EUは0.05ppm(検出限界以下)です。つまり日本はアメリカの5倍、EUの60倍も緩い基準なんです。
参考)https://www.shizenha.net/neonicotinoid/
さらに驚くべきことに、茶葉においては日本の基準値30ppmに対してEUは0.05ppmで、なんと600倍もの差があります。ブドウでは日本5ppm、アメリカ0.35ppm、EU0.5ppmとなっており、日本はアメリカの約14倍です。
参考)https://www.actbeyondtrust.org/event-report/16058/
野菜でも同様の傾向が見られます。トマトは日本2ppm、アメリカ0.2ppm、EU0.2ppmで日本は10倍、キャベツは日本3ppm、アメリカ1.2ppm、EU0.7ppmで日本は約4倍となっています。
この緩い基準値がどれほど危険かというと、2.49ppmのアセタミプリドが残留したお茶750mlを体重25kgの子どもが飲むと、一日摂取許容量(ADI)を超えてしまう計算になります。しかもネオニコチノイド系農薬は食物経由以外にも、建材、ガーデニング、シロアリ駆除、家庭用殺虫剤、ペットのノミ駆除などさまざまな用途で使用されているため、実際の曝露量はさらに多い可能性があるんです。
さらに深刻なのは、日本では2015年から厚生労働省がネオニコチノイドの残留農薬基準値を緩和していることです。EU諸国が2018年にネオニコチノイド系農薬の屋外使用を禁止し、2022年には残留基準値を大幅に引き下げる方向で動いているのに対し、日本は逆行した政策をとっているわけです。
参考)https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/0378fb4a8233b876ecebdb1e5de91de78748a25c
例えば、クロチアニジンの場合、カブの葉における残留基準値が緩和後には40ppmとなり、緩和前の2,000倍になったケースもあります。
主婦連合会は2023年12月、厚生労働大臣、農林水産大臣、消費者庁長官宛に意見書を提出し、ネオニコチノイド系農薬の販売・使用の禁止と、過渡的にはEU並みの規制措置を早急に採用することを求めています。また、農民連食品分析センターの調査では、2023年3月から10月までに検査した消費者377人のうち9割以上(357人)の尿からネオニコチノイド系農薬が検出され、広範囲に人体汚染が進んでいることが明らかになりました。
主婦連合会の意見書では、日本のネオニコチノイド規制の問題点と改善要望が詳しく述べられています。
ネオニコチノイド系農薬は水溶性で浸透性が高いという特徴があり、作物の内部まで浸透するため、洗っても落ちにくいという厄介な性質を持っています。それでも、日常生活で曝露を減らすための対策はいくつかあるんです。
参考)https://motion-gallery.net/projects/parc2021
最も確実な方法は、有機栽培や無農薬栽培の野菜・果物を選ぶことです。有機JAS認証の食品であれば、ネオニコチノイド系農薬は使用されていません。ただし、有機食品は一般の農産物より価格が高いことが多いため、すべてを有機にするのは経済的に難しい場合もあります。
参考)https://www.kagoshimamma.com/hpgen/HPB/entries/213.html
そこで、残留農薬が多い食品を優先的に有機や無農薬のものにするという戦略が現実的です。米国農務省と食品医薬品局の検査結果(2023年)によると、残留農薬が多い野菜は、ほうれん草、ケール、からし菜、ピーマン、唐辛子、サヤインゲン、トマト、セロリです。果物では、イチゴ、桃、洋梨、ネクタリン、リンゴ、ブドウ、サクランボ、ブルーベリーが上位に挙げられています。
参考)https://zymorganic.com/11334/
逆に残留農薬が比較的少ない食材として、野菜ではアボカド、とうもろこし、玉ねぎ、アスパラガス、キャベツ、サツマイモ、きのこ類、ニンジンが、果物ではパイナップル、パパイヤ、メロン、キウイ、マンゴー、スイカが報告されています。これらの食材は一般栽培のものでも比較的安心して食べられるかもしれません。
農産物以外でも注意が必要です。シロアリ駆除剤やペット用のノミ・ダニ駆除剤にもネオニコチノイド系殺虫剤が含まれている製品があります。これらを購入する際は、成分表示を確認し、浸透性殺虫剤を含まない安全な選択肢を選ぶことが大切です。
家庭菜園やガーデニングでも、ネオニコチノイド系農薬を含む殺虫剤の使用は避けた方が賢明です。特に小さな子どもがいる家庭では、庭や公園で農薬散布が行われている場合は近づかないようにすることも重要です。
食品からの曝露を減らすために、農民連食品分析センターの研究では、果物や茶飲料の摂取を禁止した患者の症状が2~43日で回復したという報告があります。これは、ネオニコチノイドの摂取をやめれば、体内から排出されて症状が改善する可能性を示しています。
ただし、厳密にネオニコチノイド系を避けるには、無農薬栽培の野菜や有機栽培の原料を使用した加工品以外は全て避けた食生活にする必要があります。これは、加工食品の原料(大豆、小麦、米など)や、家畜の飼料に使われた農薬まで追跡することは実質的に不可能だからです。
アジア太平洋資料センターのプロジェクトでは、ネオニコチノイド系農薬のリスクを知り、それを避ける農業や食品を選択する方法について情報発信しています。