

スパイスが入っているのに、ハリラは辛くないスープです。
ハリラは、モロッコをはじめとする北アフリカで古くから家庭の食卓に並んできた伝統スープです。日本でいえばお味噌汁のような立ち位置で、各家庭によって少しずつレシピが異なる「おふくろの味」として受け継がれています。
トマトをベースに、ひよこ豆・レンズ豆・玉ねぎ・セロリなどをたっぷり煮込み、ジンジャーパウダー・ターメリック・クミン・コリアンダーなどのスパイスとハーブで風味をつけるのが基本スタイルです。仕上げに小麦粉を溶かした水を加えてとろみをつけ、レモン汁を絞って酸味を添えるのがモロッコ流の食べ方です。
特に知られているのが、イスラム教の断食月「ラマダン」における位置づけです。ラマダン中は日の出から日没まで飲食を一切断ちます。日没後に最初に口にする食事(イフタール)として、空腹の胃にやさしいハリラが必ず登場します。長時間断食してへとへとになった体を、豆とスパイスの栄養で一気に回復させる「断食明けの栄養食」として、モロッコ全土で愛され続けています。
ただし、ハリラはラマダン専用の料理ではありません。年間を通じて日常的に食べられており、ローカルな食堂では1杯わずか5ディルハム(日本円で約60円)ほどで提供されています。これはA4用紙より少し小さいサイズのお皿に盛られた一杯で、それだけで立派な食事になるほどのボリュームです。
「モロッコ料理はスパイスを多用するのでさぞかし辛いだろう」と思われがちですが、これはよくある誤解です。モロッコ料理では食材本来の味を大切にするため、スパイスはあくまで香り付けや色付けとして使われることがほとんど。ハリラも辛みはほとんどなく、マイルドで飲みやすい仕上がりです。つまり辛いものが苦手な方でも安心です。
| 比較項目 | ハリラ(モロッコ) | 味噌汁(日本) |
|---|---|---|
| 文化的位置づけ | 国民食・断食明けの定番 | 国民食・毎日の定番 |
| ベース | トマト+スパイス | 出汁+味噌 |
| 主な具材 | ひよこ豆・レンズ豆・肉 | 豆腐・わかめ・野菜 |
| 辛さ | ほぼなし(マイルド) | なし |
| 家庭ごとの違い | スパイスや豆の配合が異なる | 具材や味の濃さが異なる |
ハリラの風味を決定づけるのはスパイスです。モロッコの市場(スーク)にはスパイス専門店が軒を連ねており、種類の豊富さは圧巻ですが、家庭料理で特に欠かせないのは以下の4種類といわれています。
- 🌿 ジンジャーパウダー:風味付けのメインスパイス。すっきりとした爽やかな香りをスープ全体に広げ、胃を温める働きも持ちます。生姜よりもマイルドなので使いやすいです。
- 🟡 ターメリック(ウコン):スープに鮮やかな黄色みを加える着色スパイス。抗酸化作用が注目されており、「飲む美容スパイス」として人気が高まっています。
- 🌰 クミン:エキゾチックな香りのスパイスで、消化を助ける働きが知られています。ハリラにアジアンな奥深さを加えます。
- 🌶️ パプリカパウダー:甘みのある赤いスパイス。辛みはほとんどなく、スープに深みのある赤みと温かみのある香りを加えます。
これらに加えて、コリアンダー(パクチーの葉・またはパウダー)とイタリアンパセリをみじん切りにして仕上げに使うのがモロッコ流です。これらのハーブが入ることで、重たくなりがちな豆スープが一気に爽やかな風味になります。これは使えそうです。
パクチーが苦手な方は、イタリアンパセリだけにするか、乾燥パセリで代用しても問題ありません。スパイスはすべて日本のスーパーやカルディなどの輸入食材店で手に入るものばかりです。小瓶で100〜200円程度から購入できます。一度揃えれば長期間使えるので、コストパフォーマンスは抜群です。
スパイスの香りが苦手な場合は、最初から全量を入れずに半量からスタートしてみてください。少量でも十分にハリラらしい香りが楽しめます。スパイスは少なめからが原則です。
モロッコ料理専門店シェフによるハリラスープの本格レシピ(macaroni)
本場モロッコでは牛肉のかたまりをさいの目に切って使いますが、日本では牛ひき肉や牛切り落とし肉を使うと手軽に再現できます。ラム肉(羊肉)を使うとよりエキゾチックな風味になり、さらに本場に近い味に仕上がります。
以下に、4人分の基本材料と手順をまとめます。
【4人分の材料】
- ひよこ豆(缶詰・水煮)……100〜200g
- レンズ豆(乾燥)……100g ※水洗いするだけで戻し不要
- 牛ひき肉(または牛切り落とし)……100〜150g
- 玉ねぎ……1/2個
- セロリ……1/2本
- トマト水煮(缶詰・ダイスまたはホール)……1缶(400g)
- 水……600〜800ml
- ジンジャーパウダー……小さじ2
- ターメリック……小さじ1
- クミンパウダー……小さじ1
- 塩・こしょう……各適量
- コリアンダー(またはパセリ)みじん切り……大さじ1〜2
- オリーブオイル……大さじ1〜2
- 小麦粉……大さじ1(水100mlに溶く)
- レモン……1/2個(仕上げに絞る)
- バーミセリまたはごはん……30〜40g(任意でとろみ・ボリュームを出す)
【作り方(所要時間:約50分)】
1. 玉ねぎとセロリはフードプロセッサーまたは包丁で細かいみじん切りにする。トマト缶をミキサーでなめらかにしておくと口当たりがよくなります。
2. 鍋にオリーブオイルを引いて中火で熱し、牛肉を軽く炒める。
3. 玉ねぎ・セロリ・コリアンダー(またはパセリ)を加えてさらに炒める。
4. スパイス類を加え、香りが立ってきたらトマト・水・レンズ豆を入れる。
5. 沸騰後は弱火にして20分ほど煮込む。レンズ豆が煮崩れるくらいやわらかくなったらひよこ豆を加える。
6. バーミセリまたはごはんを加えてさらに10分煮込む。
7. 小麦粉を水で溶いたものを入れてとろみをつけ、塩こしょうで味を整える。
8. 器に盛り、コリアンダーをちらしてレモンを添えれば完成。
玉ねぎとセロリを細かくすることがポイントです。粗いと食感にムラが出るので、時間がある時はフードプロセッサーを使うとなめらかに仕上がります。レンズ豆は乾燥のままそのまま鍋に入れられるため、事前の水戻し作業が不要で、時間短縮になります。
料理研究家・口尾麻美さんによる本格ハリラレシピ(dancyu)
ハリラが「これ一品で完全食」といわれる理由は、その栄養バランスの良さにあります。主な具材のひよこ豆・レンズ豆・トマト・スパイスは、それぞれ異なる栄養素を持ち、組み合わさることで相乗効果を発揮します。
ひよこ豆(チックピー)の主な栄養
ひよこ豆は100gあたり約10gのたんぱく質を含む低脂肪食材です。さらに食物繊維が豊富で、腸内環境を整え便通改善に役立ちます。イソフラボンも含まれており、更年期症状の軽減や骨粗鬆症予防にも期待されている"女性の味方"の豆です。
レンズ豆の主な栄養
レンズ豆は豆類の中でも特に鉄分が多い食材として知られています。鉄分は女性が生理のたびに失いやすい栄養素で、日本人女性の多くが慢性的に不足しているといわれています。さらに葉酸・ビタミンB群・カリウムも豊富で、疲労回復・美肌・むくみ解消に役立ちます。鉄分不足が気になる方には特に嬉しい食材です。
スパイスのメリット
ジンジャーは体を内側から温め、冷え性改善に。ターメリックは抗酸化成分クルクミンを含み、肝臓の解毒作用を助けます。クミンには消化促進効果が期待されており、食後の胃もたれが気になる方にも向いています。
これだけの栄養素がひとつのスープに凝縮されているため、ダイエット中の食事にも非常に向いています。豆たっぷりで満腹感が続きやすく、カロリーは控えめです。
| 食材 | 主な栄養素 | 期待できる効果 |
|---|---|---|
| ひよこ豆 | たんぱく質・食物繊維・イソフラボン | 腸活・更年期対策・ダイエット |
| レンズ豆 | 鉄分・葉酸・カリウム・ビタミンB群 | 貧血予防・疲労回復・むくみ解消 |
| トマト | リコピン・ビタミンC | 抗酸化・美肌・免疫力アップ |
| ジンジャー | ショウガオール・ジンゲロール | 体を温める・冷え性改善 |
| ターメリック | クルクミン | 抗酸化・肝臓サポート |
| クミン | 鉄分・マグネシウム | 消化促進・貧血予防 |
家族の腸活と貧血対策を同時に叶えたい場面に、ハリラはぴったりの料理です。「今日は栄養が足りていないかも」と感じる日の夕食に、スープとパン(モロッコではホブスというフラットブレッドが定番)を合わせて出すだけで、立派な一食になります。
ひよこ豆・レンズ豆を含む4種の豆の栄養比較(vegewel)
ハリラを実際に作ってみると、材料の多さや煮込み時間に躊躇する方もいるかもしれません。ただし、手順を少し工夫するだけで平日の夕食にも十分対応できます。これは使えそうです。
時短のポイント①:レンズ豆は水戻し不要
レンズ豆は乾燥状態からそのまま鍋に入れて煮込むだけで、20分ほどでやわらかくなります。「豆料理は前日から水に浸けないといけない」と思っている方が多いですが、レンズ豆だけは例外です。ひよこ豆は缶詰の水煮を使えば、水戻し・下茹での手間をゼロにできます。
時短のポイント②:野菜はフードプロセッサーで一気に刻む
玉ねぎとセロリを細かくみじん切りにするのが少し手間ですが、フードプロセッサーやミニチョッパーを使えば30秒ほどで終わります。細かくすることでスープが均一でなめらかな質感になり、煮込み時間の短縮にもつながります。
時短のポイント③:週末に大量に作って冷凍ストック
ハリラは冷凍保存に向いたスープです。バーミセリやごはんを入れる前に取り分けて冷凍すると、約2〜3週間の保存が可能です。1人分ずつ小分けにして冷凍しておけば、平日の忙しい朝にレンジで温めるだけで栄養満点のスープが完成します。解凍後にバーミセリを加えて少し温めれば、作りたての風味が戻ります。
アレンジ例:家族の好みに合わせた調整
- 子ども向け:スパイス(ジンジャー・クミン)を少量にして、鶏ひき肉に変えるとマイルドな仕上がりになります。
- ボリュームアップ:ごはんやバーミセリの代わりにパスタ(カッペリーニ)を多めに入れると、スープ一杯で食べ応えが出ます。
- ヴィーガン対応:肉を省いてひよこ豆の量を2倍にするだけで、植物性たんぱく質が豊富なスープに早変わりします。豆乳を少量加えるとよりまろやかな口当たりになります。
レシピの柔軟さがハリラの魅力のひとつです。冷蔵庫にある野菜(ズッキーニ・にんじん・じゃがいもなど)を足しても美味しく仕上がります。残り野菜を整理したい日に、ハリラベースのスープを作るのもおすすめです。
Nadia掲載の栄養満点ハリラスープレシピ(管理栄養士監修)
ハリラをより深く楽しむために、モロッコの食文化を少し知っておくと料理への愛着が増します。モロッコでのハリラの定番の食べ方は、スープ単体ではなく「ホブス」と呼ばれる丸いフラットブレッドや、シュバキアという蜂蜜をかけた揚げ菓子と一緒に食べるスタイルです。
ラマダン期間中の断食明けには、デーツ(なつめやし)数粒と牛乳でまず体を慣らし、そのあとにハリラを飲むのがモロッコ全土で共通の習慣です。デーツの自然な甘みと糖質で血糖値をゆっくり上げ、その後の豆スープで持続的なエネルギーを補給するというわけです。医学的にも理にかなった食べ方といえます。
日本の食卓にハリラを取り入れる場合は、夕食のスープとしてそのまま汁椀に盛るだけで十分です。パンやごはんと組み合わせれば一品で栄養バランスが整います。また「風邪気味の日」や「胃腸を休ませたい日」にも向いています。スパイスで体が温まり、豆で胃に負担をかけずにしっかり栄養が摂れるため、日本のおかゆのような感覚で使える万能スープです。
意外な活用法として、スープを少し煮詰めてパスタソースとして使う方法があります。バーミセリを加えてショートパスタのような仕上がりにすると、子どもでも食べやすくなります。モロッコでも似たような食べ方があり、現地でも家庭によってアレンジは千差万別です。アレンジが無限に広がります。
モロッコ料理の代名詞であるタジンやクスクスと比べると、ハリラはまだ日本での知名度が低い料理です。ただ、材料は日本のスーパーで全て揃い、特別な調理器具も不要で、しかも栄養満点という三拍子が揃っています。「作ってみたら思ったより簡単だった」という声が多いのも、ハリラの嬉しい特徴のひとつです。