

鹿肉はスーパーでほぼ売っておらず、家庭の食卓にはまったく向かないと思っていませんか?
鹿肉の別名「もみじ」は、花札の絵柄が起源とされています。花札には1月から12月まで4枚ずつ季節の花が描かれており、10月の絵柄が紅葉(もみじ)。その紅葉の札に一緒に描かれている動物が鹿なのです。このビジュアルのつながりから、鹿肉=もみじという隠語が生まれたというのが有力説です。
ただし、それだけが理由ではありません。鹿肉の赤身の色が秋の紅葉に似ていること、また古今和歌集の有名な一首「奥山に 紅葉踏みわけ 鳴く鹿の 声聞く時ぞ 秋はかなしき」にも鹿と紅葉が結びついて登場します。つまり「もみじ=鹿」というイメージは、日本人の美意識と文学的感性が長い時間をかけて積み重ねてきたものです。
では、なぜ隠語が必要だったのでしょうか?
江戸幕府5代将軍・徳川綱吉が1685年に出した「生類憐みの令」が背景にあります。この法令により、犬や猫だけでなく、鳥獣の殺生・肉食も事実上禁止されました。しかし実際には、人々は山の恵みとして鹿や猪の肉をこっそり食べ続けていました。そこで料理人や商人たちは、肉を植物の名前で呼ぶことで「これは肉ではない」という建前を保ちながら流通させたのです。
花の名前が使われたのが大切なポイントです。鹿肉=もみじ、猪肉=ぼたん、馬肉=さくら、鶏肉=かしわ——すべて植物や花の名前です。ただの暗号ではなく、食材に美しい言葉を纏わせることで、日本人らしい粋と風雅を表現していました。
これが原則です。禁令が廃止されたあとも、隠語は日常語として定着し、現代まで受け継がれています。
| お肉の種類 | 別名・隠語 | 由来のポイント |
|---|---|---|
| 🦌 鹿肉 | もみじ(紅葉) | 花札10月の絵柄「鹿と紅葉」+赤身の色 |
| 🐗 猪肉 | ぼたん(牡丹) | 薄切り肉を皿に並べると牡丹の花に見える |
| 🐴 馬肉 | さくら(桜) | 新鮮な馬肉の淡い赤色が桜色に似ている |
| 🐔 鶏肉 | かしわ(柏) | 柏の葉の茶色と鶏肉の色味が似ている |
なお余談ですが、花札10月の鹿の絵柄にはもう一つ有名な話があります。この札の鹿がツーンとそっぽを向いていることから、人を無視する「シカト」という言葉が生まれたとも言われています。意外ですね。
参考:鹿肉の隠語「もみじ」の由来と江戸時代の食文化背景について詳しく解説されています。
「もみじ」は和の呼び方ですが、洋食の世界では鹿肉を「ヴェニソン(Venison)」と呼びます。フランス語由来の言葉で、英語にも受け継がれています。高級レストランやフレンチのコース料理で「ヴェニソンのロースト」などと書かれているのを見たことがある方もいるのではないでしょうか。
これは使えそうです。メニューで「Venison(ヴェニソン)」という文字を見たとき、それが鹿肉だとわかれば注文の幅が広がります。
語源は古フランス語の「venaison」、さらにはラテン語の「venatio(狩猟)」に遡ります。もともとは狩猟で得た獣肉全般を指す言葉でしたが、時代とともに鹿肉を指す言葉として定着しました。ちなみに英語で生きている鹿は「deer(ディア)」と呼びますが、食べ物としての鹿肉は「venison(ヴェニソン)」と呼び分けます。これは牛(cow)→ビーフ(beef)、豚(pig)→ポーク(pork)と同じ呼び分けのルールです。
| 言語 | 鹿肉の呼び方 | 使われる場面 |
|------|------------|-------------|
| 🇯🇵 日本語(和の呼び方) | もみじ / 紅葉肉 | 和食・鍋料理・ジビエ専門店 |
| 🇬🇧 英語 | Venison(ヴェニソン) | 洋食レストラン・輸入食品 |
| 🇫🇷 フランス語 | Venaison(ヴニゾン) | フレンチレストラン・高級料理 |
「もみじ」と「ヴェニソン」、どちらも同じ鹿肉を指す言葉です。和と洋、それぞれの文化で育った呼び方を知っておくと、外食時に役立ちます。
参考:鹿肉の英語・フランス語表記とジビエとしての位置づけについて詳しい情報があります。
シカのお肉はヴェニソンと言います|考えるジビエ – note
鹿肉の別名「もみじ」には美しい響きがありますが、その中身も注目に値します。鹿肉は100gあたり約147kcalで、タンパク質は約22.6g、脂質は約5.2gです。
牛肉(ロース)と比べてみましょう。カロリーは約半分、脂質は約10分の1という数値が出ています。また、豚ロースと比べると、タンパク質は約2倍、脂質は約13分の1です。鶏ささみに近いイメージですが、鉄分の豊富さでは鹿肉が大きく上回ります。
鹿肉に含まれる鉄分は100gあたり約3.4mg。これはレバー(9.0〜13.0mg)に次ぐ高い数値で、羊肉より約1.5倍多いとも言われています。しかも鹿肉に含まれる鉄は「ヘム鉄」と呼ばれる種類で、植物性食品に含まれる非ヘム鉄より体への吸収率が2〜3倍高いのが特徴です。貧血気味の女性や、鉄分が不足しがちな方にとって、これは見逃せない情報です。
つまり高タンパク・低脂質・高鉄分が揃っています。
さらに、鹿肉にはお肉では珍しいDHA(ドコサヘキサエン酸)が100gあたり約0.5g含まれているというデータもあります。DHA は中性脂肪を減らす働きがあるとされており、青魚が苦手な方の栄養補完にも一役買ってくれます。
鉄分不足が気になる場合は、鹿肉をビタミンCが豊富な食材(パプリカ・ブロッコリーなど)と組み合わせると、ヘム鉄の吸収率をさらに高める効果が期待できます。一つの工夫で栄養効果が上がります。
参考:鹿肉の詳細な栄養成分と健康効果について、国産ジビエ認証機構が情報を公開しています。
「もみじ鍋」という名前を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。鹿肉(もみじ)を使った鍋料理のことで、兵庫県丹波地方や奈良、北海道などの地域を中心に伝統的に食べられてきました。
もみじ鍋はシンプルです。基本は鹿肉の薄切り、野菜(白菜・長ネギ・春菊)、きのこ類(椎茸・えのき)、豆腐を使い、すき焼き風の甘辛いしょうゆダレで煮るスタイルが定番です。しゃぶしゃぶ風にするレシピも人気があります。
鹿肉は加熱しすぎると硬くなるのが最大の注意点です。薄切り肉をさっと火を通す「しゃぶしゃぶ方式」なら、やわらかくジューシーな食感が楽しめます。また、鹿肉が硬いというイメージを持つ方もいますが、臭みは少なく、牛肉や豚肉より淡白でくせがない味わいが特徴です。
家庭でもみじ鍋を作るなら、鹿肉は通販での購入が現実的です。スーパーではほとんど取り扱いがありませんが、楽天市場や食べチョクなどのECサイトでは北海道産エゾシカや国産鹿肉のスライスが購入できます。500gで880円〜1,200円前後が相場のようです。初めて購入する場合は、スライス済みや処理済みのセット商品を選ぶと手間が省けます。
初めて鹿肉を買うなら、少量のお試しセットから始めるのが得策です。
参考:もみじ鍋の具材・作り方について実際のレシピが公開されています。
「もみじ」「ヴェニソン」という呼び方を知っているだけで、日常のさまざまな場面で得をすることがあります。これは知らないと損する情報です。
たとえば、外食先のメニューに「もみじ鍋」「紅葉鍋」「ヴェニソンのロースト」とあっても、知識がなければ何の料理かわからず注文を見送ってしまうかもしれません。鹿肉と認識して選べれば、高タンパク低カロリーのヘルシーな一皿を積極的に取り入れることができます。
また、ジビエという言葉が広がった今、「ジビエ料理食べてみたいけどよくわからない」という方も多いはず。ジビエとはフランス語で「野生鳥獣の肉」を意味します。鹿肉はジビエの中でも臭みが少なく食べやすい部類のため、ジビエ初心者にも向いています。
さらに、子どもや家族に日本の食文化を伝えるきっかけにもなります。「もみじって鹿肉の別名なんだよ」「花札の鹿が由来なんだって」——そんな一言が、食卓の会話を豊かにします。
牛肉や豚肉には別名がほとんどありません。なぜなら、牛や豚は明治時代以降に畜産として本格的に流通し始めたため、江戸時代の隠語文化の影響を受けていないからです。逆に言えば、「もみじ」という呼び名を持つ鹿肉は、日本人の食の歴史を最もよく体現している食材の一つとも言えます。
別名を知ると、肉はもっと美味しくなります。
参考:猪肉・鹿肉の別名一覧と歴史的背景について詳しく解説されています。