

歯科検診を受けたことがない成人男性は、40代でも約4割以上が未受診のまま放置しています。
厚生労働省が令和6年(2024年)4月から開始した「歯・口腔の健康づくりプラン」は、正式名称を「歯科口腔保健の推進に関する基本的事項(第二次)」といいます。これは平成24年(2012年)にスタートした第一次計画が令和5年度で終期を迎えたことを受け、全面改正されたものです。計画期間は令和6年度から令和17年度までの12年間で、令和11年度(計画開始後6年)に中間評価、令和15年度(同10年)に最終評価を行う予定です。
第一次計画の最終評価(令和4年10月)では、19項目のうち「目標値に達した」と評価されたのはわずか2項目(10.5%)にとどまりました。「評価困難」が9項目(47.4%)にのぼった大きな要因の一つは、新型コロナウイルス感染症の影響でデータ収集調査が中止になったことです。しかし「悪化している」と評価された項目も存在し、3歳児の不正咬合等の割合の増加がその代表例として挙げられています。
つまり課題は山積みということですね。
こうした反省を踏まえ、第二次計画では2つの重点テーマが設定されました。「①個人のライフコースに沿った歯・口腔の健康づくりを展開できる社会環境の整備」と「②より実効性をもつ取組を推進するために適切なPDCAサイクルの実施」です。乳幼児期から高齢期まで切れ目なく口腔保健を支える体制づくりと、自治体が計画を策定するだけで終わらずに評価・改善まで回すPDCAの仕組み化が、今回の計画の核心です。
都道府県および市町村は、この国の基本的事項を踏まえた上で独自の歯科口腔保健計画を策定することが求められています。なお、都道府県健康増進計画や医療計画など関連計画と「一体のものとして策定」することも認められており、地域の実情に応じた柔軟な対応が可能です。令和6年度時点の調査では、市区町村有効回答1,285件のうち歯科口腔保健の基本的事項を策定している自治体は1,137件、約9割を占めていることが判明しています。
参考リンク:第二次基本的事項の全文および指標一覧(厚生労働省)
歯科口腔保健の推進に関する基本的事項の全部改正について(厚生労働省)
「歯・口腔の健康づくりプラン」には、5つの柱に沿って具体的な目標と指標が設けられています。歯科従事者として現場の業務を考えるとき、それぞれの指標は「患者さんの状態を何で測るか」の基準と直結します。
第一の柱:歯・口腔に関する健康格差の縮小として、「3歳児で4本以上のう蝕のある者の割合を0%にする」という高い目標が掲げられています。これは単にむし歯ゼロを目指すというよりも、地域・所得・障害の有無によって口腔の健康状態に差がついてしまっている現状を是正するという意味を持ちます。格差の縮小が目標です。
第二の柱:歯科疾患の予防では、う蝕・歯周病・歯の喪失防止の3方向から指標が設定されています。注目すべきは「60歳以上における未処置の根面う蝕を有する者の割合を5%以下にする」という目標です。根面う蝕は加齢とともに歯肉が退縮することで露出した歯根面に発生するむし歯で、高齢者特有の問題として近年急増しています。令和4年時点のデータでは、この割合はまだ目標値を大幅に上回っており、現場での早期発見・早期介入が求められます。根面う蝕への対応は必須です。
第三の柱:口腔機能の獲得・維持・向上では、「50歳以上における咀嚼良好者の割合を80%以上にする」という目標が設定されました。これはオーラルフレイル対策と直結します。オーラルフレイルとは、噛む・飲み込む・話すといった口腔機能が少しずつ衰えていく状態のことで、放置すると全身のフレイルや要介護状態に進行するリスクがあります。また「80歳で20歯以上の自分の歯を有する者(8020達成者)の割合を85%以上にする」という目標も大幅に引き上げられました。令和6年歯科疾患実態調査では8020達成者が61.5%と大きく改善しましたが、目標値85%にはまだ相当の差があります。
第四・第五の柱:受診困難者支援と社会環境整備では、障害者支援施設や介護老人福祉施設での歯科検診実施率を100%にする目標のほか、法令で定められた歯科検診以外の歯科検診を実施している市町村割合を95%にするという目標が示されています。これは歯科従事者に対して、行政との連携や地域活動への参加がこれまで以上に重要になることを意味します。
| 柱 | 主な指標 | 目標値 |
|---|---|---|
| 健康格差の縮小 | 3歳児で4本以上のう蝕のある者の割合 | 0% |
| う蝕予防 | 60歳以上の未処置根面う蝕を有する者の割合 | 5%以下 |
| 歯の喪失防止 | 80歳で20歯以上の自分の歯を有する者の割合 | 85%以上 |
| 口腔機能 | 50歳以上における咀嚼良好者の割合 | 80%以上 |
| 検診受診 | 過去1年間に歯科検診を受診した者の割合 | 95%以上 |
参考リンク:第二次基本的事項の目標・指標一覧(厚生労働省)
歯科口腔保健の推進に関する基本的事項(第2次)における目標・指標(厚生労働省)
「国民皆歯科健診」という言葉は、ここ数年で一気に政策の主流に上がってきました。「骨太の方針2024」(令和6年6月21日閣議決定)にも「生涯を通じた歯科健診(いわゆる国民皆歯科健診)に向けた具体的な取組の推進」が明記されており、国として本格的に動き始めています。これは歯科従事者にとって、単なる制度の話では終わりません。
現状の歯科健診体制を整理すると、各ライフステージで実施主体と根拠法が異なります。乳幼児期は母子保健法に基づく市町村の義務、学齢期は学校保健安全法に基づく学校の義務、妊産婦は母子保健法に基づく市町村の努力義務(平成10年度から地方交付税措置)、成人の歯周疾患検診は健康増進法に基づく市町村の努力義務(40・50・60・70歳に加え令和6年度から20・30歳も追加)、75歳以上は後期高齢者医療制度の補助メニューです。努力義務の部分は制度の強制力がない点が特徴です。
しかし問題が浮き彫りになっています。市町村が実施する歯周疾患検診の受診率は平均わずか約5%にとどまっています。一方で「過去1年間に歯科検診を受診した者」の割合は令和6年調査で63.8%(前回令和4年調査58.0%)と増加しており、大半は任意の歯科受診や職域健診によるものです。つまり制度上の歯科健診は存在するが、実際に使われていない状況が続いているわけです。これは問題ですね。
国民皆歯科健診の実現に向けては、厚生労働省が令和6年度予算として就労世代の歯科健康診査等推進事業に3.7億円、歯周病等スクリーニングツール開発支援事業に2.0億円を投じています。後者では、唾液中の歯周病リスク因子を分析するキットや、スマートフォンで歯ぐきを撮影して歯周病の可能性を判定するAIアプリ(NTTドコモ)など、5社へ委託した研究・開発が進んでいます。近い将来、自治体や職域での歯科健診に簡易スクリーニングツールが導入される可能性が高まっています。
この流れを受けて歯科従事者に求められるのは、地域の行政や職域との連携窓口になること、そして健診から治療・定期管理まで患者を途切れなくつなぐコーディネート力です。「歯科健診を実施していない事業所等に対して歯科健診実施等を支援する」モデル事業が各地で展開されており、地域の歯科医院が協力医療機関として参加できる仕組みも整いつつあります。
参考リンク:国民皆歯科健診推進事業の概要(厚生労働省2025年3月更新版)
歯科口腔保健の推進に向けた取組等について(厚生労働省、令和7年3月)
「PDCAサイクルを回す」という言葉は行政計画の中でよく使われますが、歯科現場では「計画を策定したら終わり」「事業を実施したら終わり」になってしまいがちです。厚生労働省も第一次計画の最終評価で「国・地方公共団体におけるPDCAサイクルの推進が不十分」と明示して課題に挙げています。この指摘は現場にも深く関係します。
具体的にどういうことでしょうか?第二次計画では「歯科口腔保健に関する事業の効果検証を実施している市町村の割合」を目標値100%に設定しています。これは、今後すべての市町村が事業の効果を数字で示すことを求められるということです。歯科従事者が自治体や保健所から依頼を受けてフッ化物塗布事業や歯科健康教育を実施する際、「何人に実施した」だけでなく「実施前後でどう変わったか」という評価データの提供が求められる場面が増えていきます。
また、「法令で定められている歯科検診を除く歯科検診を実施している市町村の割合」の目標値は95%です。現状ではまだ全市町村が独自の歯科健診事業を持っているわけではなく、都道府県から市町村への支援体制の整備も重要な指標になっています。歯科衛生士が地域の保健師やケアマネジャーと連携する場面も今後ますます増えるでしょう。
障害者支援施設や介護老人福祉施設での歯科検診実施率を100%にするという目標も注目です。令和4年度の最終評価では、これらの施設での歯科検診実施率は目標値(65→70%)に届かず「B*評価(目標達成が危ぶまれる)」とされていました。訪問診療や施設歯科保健の対応が遅れている地域では、歯科医師・歯科衛生士の積極的な関与が急務です。
歯科従事者が計画の「読者」から「担い手」に変わることが大切です。地域歯科保健活動への参加をためらっている場合、まず自分が勤務する地域の都道府県・市町村の歯科口腔保健計画を検索して一読することを強くおすすめします。計画書には地域課題が数字とともに示されており、自分の診療スタイルや地域活動の方向性を見直すきっかけになります。
「骨太の方針2024」に「歯科専門職による口腔健康管理の充実、歯科医療機関・医歯薬連携を始めとする多職種間の連携」と明記されたことは、歯科従事者に対するかなり強いメッセージです。医科歯科連携はもはや任意の取り組みではなく、政策の方向性として固まっています。
医科歯科連携の代表的な場面として急速に広がっているのが、糖尿病患者への歯科受診勧奨です。令和6年5月の参議院厚生労働委員会でも「糖尿病患者に対する医科歯科連携が有効であるとの評価」が明確に示されています。歯周病が糖尿病の血糖コントロールを悪化させ、逆に歯周病治療がHbA1cの改善に寄与するという相互関係は、多数の研究でエビデンスが積み上がっています。歯科医院として糖尿病患者の紹介を受けたり、逆に内科・糖尿病専門医へ情報提供する双方向の連携体制を今から構築しておくことは、将来の国民皆歯科健診時代に備える実践的な準備になります。医科歯科連携が条件です。
オーラルフレイル対策も実務に直結します。「オーラルフレイル」の早期サインとして注目されているのは、食べこぼし・むせ・滑舌低下・口の渇きといった日常生活上の小さな変化です。これらは口腔機能低下症(保険病名)として令和元年度診療報酬改定から保険算定が可能になっており、「口腔機能低下症」の診断・管理が歯科クリニックの業務として明確に位置づけられています。第二次計画で「50歳以上における咀嚼良好者の割合を80%以上に」という目標が設定されたことは、この領域の診療報酬がさらに整備される可能性を示唆します。
また、第二次計画では「歯科領域のICT活用の推進」が国の方針として明記されました。レセプトデータを活用した歯科健診効果の検証事業が進行中で、今後は歯科医療機関のデータが国の政策評価に直接活用される時代が来ます。日常の診療記録をきちんと残し、標準化されたデータ形式で管理しておくことが、将来的な連携の基盤になります。意外ですね。
参考リンク:オーラルフレイル対応マニュアル(日本歯科医師会)
オーラルフレイル対応マニュアル2020(日本歯科医師会)