

実は草丈2mを超えるリードカナリーグラスが、あなたの庭にも静かに侵入しています。
リードカナリーグラス(学名:Phalaris arundinacea)は、イネ科クサヨシ属に分類される多年生の草です。日本語の和名は「クサヨシ(草葦)」といい、その名前が示す通り、ヨシ(葦)に似た大型の草姿が最大の特徴のひとつです。
この草の最も目を引く特性は、その草丈の高さにあります。出穂期(5〜6月頃)には草丈が2mにも達することがあり、これはA4用紙を縦に約12枚つなげたほどの高さです。成長した姿はまるで小さな竹藪のようで、一面に群落を作ると視界をさえぎるほどの迫力を持ちます。
茎は丸く中空で、地下には太い地下匍匐茎(ほふくけい)が発達しています。この地下茎が旺盛に広がることで、種子だけでなく栄養繁殖によっても増えていきます。つまり、種子が飛ばなくても地下から静かに勢力を拡大できるということです。これが特徴的な繁殖力の秘密です。
葉の形状は広い線形で、他の牧草と比べてやや幅広く、触れると粗剛(そごう)感があります。穂はオーチャードグラスに似た円錐花序で、出穂初期は薄緑色をしていますが、熟すにつれて茶褐色に変わっていきます。花期は5〜6月頃。北海道から九州まで全国に分布しており、特に北海道の牧草地や湿地、川沿いでよく見られます。
多年生の草なので、一度定着すれば毎年播き直さなくても5年以上継続して利用・繁茂し続けます。これが大きなポイントです。
参考:農研機構(NARO)農業技術事典「リードカナリーグラス」の詳細解説
ルーラル電子図書館 農業技術事典 – リードカナリーグラス
リードカナリーグラスが他の牧草と一線を画す最大の特徴は、その圧倒的な耐湿性です。「和名クサヨシと言われるように耐湿性は抜群」とされており、水はけが悪い土地や水田転換畑、さらには排水不良地にも適応できる草種です。同じイネ科の牧草であるチモシーやオーチャードグラスは湿地での生育が苦手なのに対し、リードカナリーグラスはそのような環境でも安定した生育を見せます。
湿地に強い一方で、乾燥にも対応できる幅の広さを持っています。土壌の酸度(pH)についても、pH4.9〜8.2という広い範囲で生育可能です。これは強酸性から弱アルカリ性まで対応できるということで、土壌選びにさほど神経を使わなくていいという意味でもあります。
耐寒性についても注目すべき特徴があります。冬季の低温によって葉身は枯れ上がりやすいのですが、植物体全体の越冬性はオーチャードグラスやチモシーよりも優れているとされています。葉が枯れても根と地下茎は生き続け、翌春にまた旺盛に芽吹くのです。これは主婦の方が家庭菜園や庭先でこの草を見かけた際に驚く点でもあります。秋に枯れたと思っていても、春になれば再び元気よく伸び始めるのです。
また土壌条件への対応力の広さから、pH管理が難しい水田や転換畑でも導入できるという農業的なメリットがあります。北海道をはじめとした寒冷地では、このような劣悪な環境条件の土地にも適応できる草種として重宝されてきました。丈夫さが基本です。
リードカナリーグラスは多年生の植物です。つまり一度播種すれば、毎年新たに種をまき直す必要がありません。一般的な試験や農家の事例では、適切な管理下で5年以上にわたって同じ草地を維持できるとされています。
チモシーと比較してみると、その違いがよくわかります。チモシーは「北海道で最も多く利用されている」代表的な牧草で、嗜好性が良く寒さにも強い優秀な草種です。一方でチモシーは一般に3〜4年で草地が衰退しやすく、更新(播き直し)が必要になることが多い草種でもあります。
リードカナリーグラスの場合、チモシーが夏の高温や湿地で弱るような条件でも比較的安定した生育を示します。「チモシーがまだ主体草である草地が更新を必要とする時期になっても、リードカナリーグラスは草地を長く維持できる」とも言われています。更新コストを抑えられる点が大きなメリットです。
ただし、重要な違いもあります。リードカナリーグラスは頻繁に刈り取ると衰退しやすい性質があります。放牧地のように何度も踏みつけ・採食されるような条件では優勢を保てず、採草地(刈り取りメインの草地)に向いた草種といえます。年に2〜3回の刈り取りであれば草生を良好に維持できます。
チモシーとの栄養価の比較では、1番草の出穂期前後ではチモシーの方が嗜好性・栄養価ともに高い評価を受けやすいですが、2番草・3番草では逆にリードカナリーグラスの粗たんぱく質含量が18.8〜21.6%(乾物)と、チモシーやオーチャードグラスを上回ることが確認されています。つまり番草が進むほど実力を発揮します。
参考:北海道農業研究センターによるリードカナリーグラス省力管理技術の解説
農研機構 – ロールベール体系に対応したリードカナリーグラス草地の省力管理技術
リードカナリーグラスを語るうえで避けて通れないのが、アルカロイドの問題です。この草には有害なアルカロイド(トリプタミン系・カルボリン系など)が含まれており、これが家畜の嗜好性を著しく下げる原因になっています。
どういうことでしょうか? アルカロイドとは植物が外敵から身を守るために含む有機化合物の一種で、苦みや毒性を持つものが多く知られています。リードカナリーグラスのアルカロイドは家畜が「まずい」「食べたくない」と感じる原因となるため、牧草として導入しても家畜が積極的に食べないという事態を引き起こすことがありました。これは農家にとって頭の痛い問題でした。
しかし、このデメリットを解消するために開発されたのが「低アルカロイド品種」です。代表的なのが米国で育成された「パラトン(Palaton)」と「ベンチャー(Venture)」の2品種。これらは通常種と同等の収量性を保ちながら、アルカロイド含量を大幅に低減させた品種で、家畜の嗜好性が飛躍的に改善されています。
日本の農業試験場の研究でも、低アルカロイド品種の「パラトン」「ベンチャー」には普通種と同等の収量性があり、家畜の嗜好性が良く、良質粗飼料生産に役立つとして期待されているという報告があります。つまり現在は良質化が進んでいます。
ただし、品種によらず「刈り取り時期を適切にコントロールすること」も嗜好性を保つうえで重要です。出穂が進むほど茎が硬くなり繊維質が増えるため、栄養価が低下します。穂孕期(草丈80cm程度)での収穫がチモシーに近い栄養価を確保できるとされています。刈り取りタイミングが条件です。
参考:岩手県農業研究センターによるパラトン・ベンチャーの品種特性報告
岩手県農業研究センター – 牧草リードカナリーグラス品種「パラトン」「ベンチャー」(PDF)
リードカナリーグラスは、もともと牧草として導入された草種ですが、牧草地では「困った雑草」として扱われることも少なくありません。その理由は、この草の強すぎる生命力にあります。
まず最大の要因は地下茎による繁殖力です。太い地下茎が地中をはいまわり、次々と新しい芽を出して勢力を拡大します。他の牧草を押しのけ、広い面積を1種類で占拠する「優占」状態を作りやすいのです。北海道宗谷地方の農業改良普及センターでも、ほ場に侵入したリードカナリーグラスが優占すると「収量・栄養価に悪影響を与え経済的な損失につながる」と警告しています。
一度優占されると、完全に除去するのが非常に難しい点も特徴のひとつです。地下茎が深く広く発達しているため、地上部を刈っても地下茎が生きていれば再び旺盛に再生します。グリホサート系除草剤を使う場合でも、よく効く草丈の上限は60cm程度とされており、草丈が大きすぎると効果が落ちてしまいます。適切なタイミングでの対処が重要です。
一方で、リードカナリーグラスには「多回利用に弱い」という弱点もあります。年3回以上の刈り取りを継続することで、その侵入速度を大幅に抑制できるという研究結果も報告されています。オーチャードグラスやペレニアルライグラスのような年3回以上の採草体系を維持することが、雑草化を防ぐ有効な手段のひとつです。
また、雑草化リードカナリーグラスへの対策として注目されているのが、「イタリアンライグラスによる耕種的防除」です。イタリアンライグラスを2年間にわたって年3回収穫する管理を行うことで、グリホサート系除草剤と同程度にリードカナリーグラスを抑制できるという研究成果も出ています。除草剤に頼らない選択肢があるのは、家庭菜園や畑を持つ方にとっても参考になる情報です。これは使えそうです。
参考:北海道宗谷農業改良普及センターによるリードカナリーグラス雑草化と収穫管理の情報
北海道宗谷農業改良普及センター – 宗谷によくある雑草(リードカナリーグラス)の特徴とこれからの牧草収穫について