

実は、ニホンザリガニを川で見つけて素手で触ると、最大50万円の罰金が科されることがあります。
ニホンザリガニ(学名:*Cambaroides japonicus*)は、日本にただ1種だけ生息する在来種のザリガニです。その分布域は非常に限られており、主に北海道全域と、本州では青森県・岩手県の一部にしか存在しません。
「ザリガニと言えば全国どこにでもいる」と思いがちですが、それはアメリカザリガニの話です。ニホンザリガニは別物です。
北海道の中でも特に道東・道北・道央の山間部に多く、十勝川水系、石狩川水系、網走川水系などの支流の上流域で確認されています。本州側では青森県の白神山地周辺や岩手県北部の渓流でごくわずかに生息が確認されており、その個体数は年々減少傾向にあります。
生息地の標高はおおむね200〜1,000メートル程度の山地・丘陵地帯が中心です。これは地図上で言うと、例えば北海道の知床半島から大雪山系にかけての広大なエリアが代表的な生息圏となります。ただし、平野部でも湧水が豊富な場所や泥炭地の水路で見られることがあります。
つまり、本州でニホンザリガニに出会える場所は非常に限られているということです。
観光や山歩きで東北や北海道を訪れた際、川沿いを歩いていて小さなザリガニを見かけたとしても、それがニホンザリガニである可能性があります。北海道の渓流では体長3〜5センチほど(クレジットカードの短辺と同じくらいの大きさ)の個体が石の下に潜んでいることが多く、見慣れない人は気づかずに素通りしてしまうこともあるようです。
ニホンザリガニは、非常に繊細な水質・水温の条件を必要とする生き物です。生息に適した水温は年間を通じておおむね5〜15℃、夏でも水温が15℃を超えないような冷たい清流や湧水池を好みます。
これはどのくらい冷たいかというと、冷蔵庫の野菜室の温度帯とほぼ同じです。夏に手を入れるとかなり冷たく感じるレベルです。
水質についても要求が高く、BOD(生物化学的酸素要求量)が極めて低い、つまり有機物汚染のほとんどない清澄な水でなければ生存できません。農業排水や生活排水が混入するような場所では基本的に生息できず、これが分布域の縮小に直結しています。
また、水中の溶存酸素量が高いことも必須条件です。流れが緩やかすぎる場所や、夏季に水温が上昇しやすい開けた場所も不適です。
水質が条件です。
さらに、河床(川底)の構造も重要で、砂利や小石が混在し、倒木や落ち葉が堆積した場所を好みます。こうした環境は餌となる水生昆虫や藻類が豊富で、かつ身を隠す場所にもなるため、ニホンザリガニにとって理想的な住処となります。河川改修によってコンクリート護岸化が進んだ場所からはほぼ姿を消してしまうことが、各地の調査で報告されています。
生息環境の悪化は、単に水が汚れるだけでなく、川底の石が取り除かれたり、流れが均一化されたりすることでも起きます。これは意外と知られていない点です。
ニホンザリガニは現在、環境省のレッドリストで絶滅危惧II類(VU)に指定されています。これは「絶滅の危険が増大している種」を意味し、適切な保護がなければ近い将来に絶滅危惧IA類・IB類へと格下げ(悪化)される可能性がある状態です。
絶滅危惧II類というのは、すでに危機的な状況です。
さらに重要なのが、種の保存法(絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律)による保護です。ニホンザリガニは「国内希少野生動植物種」に指定されており、捕獲・採取・殺傷・販売・頒布・譲渡・輸出入はすべて原則禁止されています。
違反した場合の罰則は非常に重く、個人の場合は1年以下の懲役または100万円以下の罰金、法人の場合は最大1億円以下の罰金が科される可能性があります(法人両罰規定)。悪質なケースでは逮捕事例も実際に報告されています。
「ちょっと触ってみただけ」「子どもが捕まえたかっただけ」という状況でも、法律上は違反になり得ます。これは覚えておくべき重要な点です。
北海道内では自治体ごとにさらに厳しい条例が設けられていることもあり、例えば一部の市町村では生息地周辺での採水や土砂の持ち出しにも制限がかかっている場合があります。お子さんと川遊びに行く際は、事前に該当地域の環境保全ルールを確認しておくことをおすすめします。北海道環境生活部の公式サイトで最新情報を調べることができます。
環境省:種の保存法に基づく国内希少野生動植物種の捕獲等の規制について(公式ページ)
北海道でニホンザリガニを探す際に、最も注意すべき問題のひとつが外来種ウチダザリガニ(タンカイザリガニ)との混同です。
ウチダザリガニは北米原産で、1926年に北海道摩周湖畔の養殖場に持ち込まれたのが始まりです。現在では北海道の広域に分布しており、在来のニホンザリガニの生息地を侵食しています。
見た目の違いで言うと、ウチダザリガニは体長が10〜15センチ(お箸1本分くらい)と大型で、ハサミの付け根に白い斑点があるのが特徴です。一方、ニホンザリガニは前述のとおり3〜5センチと小型です。
これは大きな違いです。
問題は法律上の扱いです。ウチダザリガニは特定外来生物に指定されており、生きたまま移動・放流・飼育することが原則禁止されています。つまり、ウチダザリガニを捕まえた場合は「その場で処分するか、届け出を行う」必要があり、家に連れて帰ること自体が違法になります。
混同して「ニホンザリガニかと思って逃がした」というケースが最悪で、外来種の分布拡大につながります。見分け方を事前に調べておくことが重要です。
ニホンザリガニの生息地調査・保護活動を行っているNPOや大学研究室が作成した図鑑や識別シートは、インターネットで無料公開されているものもあります。北海道を旅行する前にスマートフォンに保存しておくと、いざというときに役立ちます。
北海道や青森・岩手を旅行する際、ニホンザリガニの生息地を実際に訪れてみたいと思うご家族も多いはずです。正しい知識を持って観察すれば、貴重な自然体験になります。
観察の基本は「見るだけにする」ことです。
まず、観察に行く前に「その場所がどのような保護区域に含まれているか」を必ず確認してください。国立公園や国定公園内の特別保護地区では、石をひっくり返す行為や植物の採取なども制限されることがあります。環境省の「自然公園法」に基づく区域区分は、環境省の公式ウェブサイトで地図付きで確認できます。
観察する際は、岩や石をそっとめくってみると、ニホンザリガニが潜んでいることがあります。ただし、観察後は必ず石を元の位置に戻すことが大切です。石の裏側には水生昆虫や藻類のコロニーがあり、これらを放置すると生態系に影響します。
服装は長靴必須です。北海道の渓流は夏でも水が非常に冷たく、サンダルやスニーカーで入ると危険なことがあります。
写真撮影は問題ありません。スマートフォンの防水ケースや水中撮影用レンズアタッチメントを使えば、石の下のニホンザリガニをきれいに撮影できます。SNSで発信する際は、特定の個体の正確な生息場所(GPS情報付きの写真など)をそのまま公開しないよう配慮が求められます。密猟者への情報提供につながるリスクがあるためです。
子どもを連れて観察するときは、事前に「このザリガニは触ってはいけないんだよ」と話しておくことで、自然保護の意識を育てるよい機会にもなります。
楽しみながら、生き物を守ることができます。
ニホンザリガニの観察スポットを紹介している自然観察ガイドツアーも、北海道各地で実施されています。専門家と一緒に安全・合法的に観察できるため、初めて訪れるご家族には特におすすめです。北海道グリーンツーリズムや各地の自然公園財団が窓口になっているケースが多いので、旅行計画の段階で問い合わせてみると良いでしょう。
環境省レッドリスト2020:ニホンザリガニの種の評価詳細(PDF)