

ゲンゴロウの幼虫は見た目がかわいいから、子供が素手で触っても大丈夫と思っていませんか?実は噛まれると患部が壊死し、入院が必要になる事例があります。
ゲンゴロウの幼虫といえば、成虫のつるんとした姿からは想像もできないほど獰猛な外見をしています。英語圏では「Water Devil(ウォーター・デビル)」や「Water Tiger(ウォーター・タイガー)」と呼ばれるほどで、その攻撃性は折り紙付きです。
最大種であるナミゲンゴロウの3令幼虫は体長が8〜10cm程度にまで成長します。これはちょうどスマートフォンの横幅くらいのサイズです。細長いムカデに似た体形で、頭部には2本の立派な大顎が備わっています。
この大顎が普通の顎と根本的に違うのは、注射針のような管状構造になっている点です。大顎の内部は空洞になっており、獲物に噛みつくと同時に2種類の液体を体内に注入します。1つ目は獲物の神経に作用する麻痺性の毒、2つ目は肉を溶かすための消化液です。つまり、噛むと同時に「動けなくさせる」と「溶かす」という2つの攻撃を同時に行うわけです。
獲物が動けなくなったあと、幼虫は溶けた体液を同じ大顎から吸い込んで栄養にします。これは「体外消化」と呼ばれる方式です。胃の中で消化するのではなく、獲物の体の中で消化してから吸収するため、自分の体よりも大きな生き物でも仕留めることができます。
実際、3令幼虫になると体長が8cmほどのドジョウやメダカ、オタマジャクシを捕らえます。まさに水中の捕食者です。
人間が噛まれた場合、この消化液と毒が同時に傷口に入るため、単純な噛み傷よりもはるかに強い痛みが生じます。東京・井の頭自然文化園の飼育担当者も「一度噛まれてしまいましたが、大あごから注入される消化液の影響もあるのか、けっこう痛い思いをしました」と記録に残しています。
毒だけが注入されるわけではない、というのがポイントです。
参考:大あごの詳細な仕組みと摂餌の映像記録(井の頭自然文化園)
続々・新たな視点で見てみると大あごは高性能の注射針:東京ズーネット
「どのくらい痛いの?」と気になる方も多いでしょう。噛まれたときの症状を整理します。
まず、噛まれた瞬間はかなりの激痛があります。これは機械的な噛み傷の痛みに加え、消化液が皮膚組織に作用するためです。傷口の周囲が熱を持ち、腫れが生じることもあります。
軽度のケースでは数時間で症状が落ち着きますが、問題は重度の場合です。消化液による組織の溶解が進むと、患部の壊死が起こることがあります。ナミゲンゴロウなど大型種に噛まれて「入院が必要になった」事例も報告されています。死亡例は今のところ確認されていませんが、重症化するリスクは実在します。
応急処置としては、以下の手順が基本です。
「流水で洗えばOK」だけでは不十分なこともあります。消化液は組織を溶かす酵素を含んでいるため、浸透が深い場合は医療機関での処置が必要です。特に子供が噛まれた場合は、症状が軽く見えても早めに受診することをおすすめします。
なお、ヒメゲンゴロウやハイイロゲンゴロウといった小型種(体長8〜16mm)の幼虫は、指先程度の小ささしかなく危険性はほぼありません。大型種(ナミゲンゴロウ・クロゲンゴロウ・コガタノゲンゴロウ)の幼虫に注意が必要です。小型種なら問題ありません。
「ゲンゴロウの幼虫ってどんな見た目?」と知らなければ、見分けることもできません。成虫との見た目の違いを把握しておくことが最初の安全対策になります。
ゲンゴロウは完全変態をする昆虫です。卵→幼虫→蛹→成虫と姿を変えますが、幼虫と成虫の姿は全くの別物です。
成虫は卵形でつるんとした緑褐色の甲虫で、体長3〜4cm(ナミゲンゴロウ)。見た目はカブトムシの小型版のような愛らしさがあります。一方、幼虫は細長くムカデに似た形で、灰色〜茶色の体色をしています。頭部の大きな黒い顎が目立ち、お尻には呼吸のための突起があります。
| 比較 | 成虫 | 幼虫(3令) |
|------|------|------------|
| 体長 | 3〜4cm | 8〜10cm |
| 形 | 卵形・つるん | 細長い・ムカデ状 |
| 色 | 緑褐色・光沢あり | 灰色〜茶色 |
| 毒 | なし(白い体液は出す) | 大顎から毒+消化液 |
| 危険性 | 低い | 高い(特に大型種) |
幼虫は水中の底面近くや水草の間に潜んでいます。田んぼ、池、沼、山間の水路などが主な生息場所です。6月〜8月ごろが孵化のピークで、夏場に大型の幼虫に出会う可能性が最も高くなります。
成虫は危険性が低いが、幼虫は危険です。
成虫も自衛手段として頭と胸の間から白い液体(独特の臭いを持つ分泌液)を出すことがありますが、これは人体への実質的な危害はありません。洗っても取れないほどの強烈な臭いが手についてしまうことがある程度です。幼虫の毒とは性質が全く異なります。
参考:ゲンゴロウの成虫と幼虫の生態の違いについて(Honda ハローウッズ)
水生昆虫の代表格ゲンゴロウのなぜ?なに?編:Honda Global
主婦として一番気になるのは「いつ、どこで遭遇するか」という点でしょう。知っておくと対策しやすくなります。
ゲンゴロウは初夏(5〜6月ごろ)に水草の茎の中に卵を産みます。10日ほどで孵化した1令幼虫は、最初はミジンコやアカムシを食べながら小さく動き回っています。この段階ではまだ危険性は低いです。その後、脱皮を繰り返して2令・3令と成長し、最終的には8〜10cmの大型幼虫になります。この3令幼虫が最も危険な段階で、主に7月〜9月ごろに見られます。
生息場所として特に注意したいのは次のような場所です。
ただし、近年はナミゲンゴロウなどの大型種は急激に減少しており、都市部や平地では出会うことはほぼありません。千葉県・東京都・神奈川県・滋賀県・鹿児島県ではすでに絶滅したとされています。
子供が捕まえる可能性があるのは、自然が比較的残っている農村地域や山間部に出かけた際です。夏の川遊び・虫捕りのお出かけ前に「大きなムカデみたいな虫を素手で触らないように」と一言伝えておくだけで、リスクをかなり減らせます。伝えるだけで大丈夫です。
また、ゲンゴロウの幼虫と似た水生昆虫として「タガメの幼虫」がいます。タガメも同様に消化液を注入して捕食する昆虫ですが、一般的にゲンゴロウ幼虫よりも攻撃性が高く、むしろ更に危険です。水辺で細長い昆虫の幼虫を見かけたら、種類に関わらず素手では触れないことが鉄則です。
これはあまり知られていない話ですが、ゲンゴロウには現在、法律上の保護がかかっています。2023年1月11日から、ナミゲンゴロウを含む複数のゲンゴロウ類が「特定第二種国内希少野生動植物種」(種の保存法)に正式指定されました。
この指定によって、販売目的での捕獲・売買・頒布が禁止されています。違反した場合、最高で懲役1年以下または100万円以下の罰金が科される可能性があります。これは健康面だけでなく、知らないうちに法的リスクを負うことになりかねないため、注意が必要です。
対象となっている主な種類は以下のとおりです。
「特定第二種」という区分は、研究や個人的な鑑賞・飼育のための採取は一定の条件のもとで認められています。つまり、子供が田んぼで捕まえて家で飼うこと自体は即違反にはなりません。ただし、売ったり人に譲ったりする行為は禁止です。法律上は「販売目的」でなければ問題なし、が原則です。
とはいえ、絶滅危惧種という事実もあります。ゲンゴロウの生息数は全国的に著しく減少しており、環境省のレッドリストでも「絶滅危惧Ⅱ類(VU)」に分類されています。「近所で見つけた」という機会自体がほとんどなくなっているのが現実ですが、もし見つけた際は観察したあとそっとその場に戻すことが生態系の保護につながります。
参考:環境省による種の保存法に基づくゲンゴロウの保護指定について
日本の希少種63種が新たに法律上の保護対象に:WWFジャパン