

あなたの近所の山に、体長125cmにもなる巨大な鳥が今もひっそり暮らしているかもしれません。
アカヤマドリは、キジ目キジ科ヤマドリ属に分類される日本固有種「ヤマドリ」の5つの亜種のひとつです。学名は *Syrmaticus soemmerringii soemmerringii* で、英名は「Copper Pheasant(銅色のキジ)」。その名のとおり、全身が金属光沢をもつ赤銅色に輝く美しい鳥です。
まず目を引くのは、オスの圧倒的な存在感です。全長はなんと約125cm。これはランドセルをほぼ2つ並べた長さに相当します。このうち尾羽だけで最長約90cm以上になることもあり、日本に生息する鳥のなかで尾羽の長さはナンバーワンを誇ります。尾羽には灰・橙・黒の竹節状の横縞模様が入り、自重でしなやかに垂れ下がります。これが「しだり尾」と呼ばれる由来です。
一方メスは全長約55cm と小柄で、全体が淡い赤褐色。尾羽も短く、地味な印象を受けます。派手なオスと地味なメスという対比は、キジ科の鳥に共通した特徴です。
アカヤマドリに特有の点は、その羽の赤みの強さにあります。ヤマドリは南に生息するものほど体色の赤みが強くなる傾向があり、九州中北部に分布するアカヤマドリはその名のとおり、本州の亜種と比べてひときわ濃い赤銅色をしています。目の周囲には赤い裸出部(羽のない皮膚が見える部分)があり、これもオスの特徴のひとつです。
つまり「見た目のド迫力と赤さ」がアカヤマドリの最大の特徴です。
翼は短く飛翔力はさほど強くありませんが、地上生活に適した力強い脚を持っています。地面を蹴り散らして種子や昆虫を探す姿は、まさに山の地走り鳥といった雰囲気です。
アカヤマドリの鳥としての生息分布と5亜種の違いについての詳しい情報は、以下の高津剥製図鑑のページが参考になります。
アカヤマドリは日本固有種ヤマドリの亜種のひとつであり、主に九州の中北部(福岡・佐賀・長崎・大分・熊本北部・宮崎北部)に分布する留鳥です。留鳥とは、渡りをせず一年を通じて同じ地域に暮らす鳥のことです。
ヤマドリ全体では、以下の5亜種が日本に生息しています。
| 亜種名 | 主な分布地域 | 特徴 |
|---|---|---|
| キタヤマドリ(ヤマドリ) | 本州北部〜中部 | 体色の赤みが比較的薄い |
| ウスアカヤマドリ | 房総・伊豆・紀伊半島など | やや赤みがある |
| シコクヤマドリ | 本州南西部・四国 | 中間的な体色 |
| アカヤマドリ | 九州中北部 | 濃い赤銅色・基亜種 |
| コシジロヤマドリ | 九州南部 | 腰の白色が大きく目立つ |
注目すべき点は、アカヤマドリが「基亜種」であるということです。つまり、ヤマドリという種の代表として学名の基準になった標本がアカヤマドリであり、19世紀にシーボルトが九州で採集した標本がその基礎になっています。意外ですね。
生息環境は、丘陵から標高1,500m以下の山地にある、よく茂った森林や薮地。とくに渓流沿いの暗い針葉樹林や混合林を好みます。開けた場所にはほとんど現れず、林床(林の地面)をひっそりと歩き回るため、目撃例は非常に少ないです。
林道を車で走っていると、突然足元から大きな羽音を立てて逃げ出すことで初めて気づく——それがヤマドリとの典型的な「出会い方」です。カメラを構える間もなく、すでにヤブのなかに消えていた、という経験をするバードウォッチャーが後を絶ちません。
なお、九州南部のコシジロヤマドリは鳥獣保護法により飼育・捕獲・狩猟がすべて禁止されており、アカヤマドリとは保護の扱いが異なります。これが条件です。
アカヤマドリは雑食性で、地面を脚で掻き分けながら植物の種子・芽・葉・花のほか、昆虫・クモ・ミミズなどの小動物も食べます。高い木の枝に上って木の実や新芽を採ることもあり、食性は意外と幅広いです。これは使えそうです。
繁殖期は4〜6月ごろで、この時期にはオスが非常に特徴的な行動をとります。それが「ほろ打ち(ドラミング)」と呼ばれる求愛・縄張り行動です。
ほろ打ちとは、翼を激しく震わせて空気を叩き、「ドドドドドッ」という重低音を出す行動のこと。鳥がさえずりで縄張りを主張するのに対し、ヤマドリのオスは声ではなく「音」で主張するわけです。この音は遠くの山中にも響き渡り、バードウォッチャーの間では春の山の風物詩として知られています。
繁殖期前になると、個体によっては非常に攻撃的になることもあります。撮影中に蹴爪で蹴りかかってくる個体が稀にいるほどです。痛いですね。
巣は地面に作ります。林のなかの木の根元・石の陰・草むらなどを浅く掘り、枯れ草を敷いて7〜13個の卵を産みます。主にメスが抱卵し、約24日で孵化します。
一夫多妻が基本ですが、メスが少ない環境では一夫一妻になることもあるという柔軟さも持っています。非繁殖期には数羽から10数羽の群れで生活します。
繁殖行動のほろ打ちについて、キジとヤマドリの比較も含めた詳しい解説は以下で確認できます。
アカヤマドリが属するヤマドリは、日本の文学・文化と深いつながりを持つ鳥です。もっとも有名なのが、百人一首の3番歌です。
> あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む
> ——柿本人麻呂(万葉集)
この歌は、7世紀後半の歌人・柿本人麻呂が詠んだもので、「ヤマドリの長く垂れ下がった尾のように、秋の長い夜をひとり寂しく過ごすことよ」という意味です。「しだり尾」とは自重で垂れ下がった尾のことで、最長90cmにもなるヤマドリのオスの尾を表現しています。
この歌から、遥か1,300年以上前の奈良時代にも、人々がヤマドリの尾の長さをよく知っていたことがわかります。当時の奈良や京都の周辺の山にもヤマドリが生息していたことの証でもあり、まさに日本と共に生きてきた鳥といえます。
また秋田では、きりたんぽ鍋の起源にもヤマドリが登場します。マタギたちが山でヤマドリを獲り、棒に刺して焼いたご飯(たんぽ)とともに煮込んだのが始まりとされており、日本の食文化にも影響を与えた鳥です。
さらにアカヤマドリが基亜種となったきっかけは、19世紀にドイツの医師・博物学者のシーボルトが九州で採集した標本でした。この標本をもとにテミンクが学術記載を行い、現在のヤマドリの学名 *Syrmaticus soemmerringii* が成立しました。ひとつの鳥が科学史をつなぐ橋渡しをしているわけです。
文化的な背景を知ると、アカヤマドリへの親しみがぐっと増しますね。
アカヤマドリを含むヤマドリは、環境省のレッドリストで準絶滅危惧(NT)に分類されています。これは「現時点では絶滅危険性は低いが、近い将来に絶滅の危険性が高まる可能性がある」状態を示すカテゴリです。
個体数が減少している主な原因として、以下が挙げられています。
- 生息地の減少:山地の森林環境の変化や道路網の整備により、適した生息環境が縮小されている
- 餌の減少:生物多様性ある森が減ることで昆虫類などの餌も減少している
- 狩猟の影響:かつては毎年数万羽ものヤマドリが狩猟鳥として捕獲されていた時期もある
- 亜種の混在リスク:狩猟用に人工養殖したキジ・ヤマドリの放鳥が、地域の亜種の純粋性を乱す懸念がある
九州北部ではアカヤマドリの長期的な個体数減少傾向が確認されており、大分県のレッドデータブックでも記録されています。コシジロヤマドリにいたっては環境省レッドリストで絶滅危惧種に指定され、狩猟対象からも外されています。
準絶滅危惧に注意すれば大丈夫です——ただしそれは今の話であり、このまま生息地の減少が続けば状況は変わりえます。
では私たちにできることはあるのでしょうか?野生のヤマドリを直接助けることは難しいですが、まず「知ること」が大切な一歩です。バードウォッチングを通じて野鳥への関心を深めたり、身近な自然環境の保全活動に目を向けることが、巡り巡ってアカヤマドリのような希少種の保護につながります。
もし野山でアカヤマドリを見かけた際は、騒がず静かに観察しましょう。繁殖期(4〜6月)には特に攻撃的になる個体もいるため、適切な距離を保つことが大切です。
アカヤマドリの保護状況と生息地の詳細については、以下が参考になります。