

「スズガモのメスを見てもキンクロハジロとの区別がつかず、見るたびに損した気分になっている。」
スズガモのメスは、一見すると「ただ茶色いカモ」に見えてしまいます。しかし、観察のポイントを知っておくと、離れた場所からでもすぐに識別できるようになります。
まず全体の印象から見ていきましょう。メスの体は全身が黒褐色で、腹や脇はやや淡い色合いになっています。全長は約46cmで、これはコンビニのA4サイズのトートバッグとほぼ同じ長さです。オスに比べると派手さはありませんが、よく見ると独自の特徴がはっきりとわかります。
最も重要なポイントが「くちばしの基部(付け根)を囲む白色斑」です。青灰色のくちばしの根元に、幅広い白い帯状の斑が出るのがスズガモのメスの大きな目印になります。これが顔の前面を白く縁取るように見えることから、「顔の前方が白い」と説明されることもあります。
頭の形にも注目です。頭部に丸みがあり、頭頂のピークが目よりも前にある点がスズガモの特徴です。つまり、頭のいちばん高い位置が「目の真上」ではなく「目より前のおでこのあたり」にある、というイメージです。丸くて前広がりなシルエットを意識して見ると見分けやすくなります。
目の色は黄色です。これはオスも同様で、スズガモ属共通の特徴でもあります。また、冠羽(頭の後ろに垂れ下がる飾り羽)はオス・メスともに持っていません。これが次のセクションで解説するキンクロハジロとの大きな違いになります。
| 部位 | スズガモ メスの特徴 |
|---|---|
| 体全体 | 黒褐色、腹・脇は淡色 |
| くちばし | 青灰色、基部に幅広い白斑あり |
| 頭の形 | 丸みがあり、頭頂ピークが目より前 |
| 目の色 | 黄色 |
| 冠羽 | なし |
| 背・脇 | 灰色がかった色合い(虫食い状の斑あり) |
背中や脇の色も識別の手がかりになります。スズガモのメスは背中から脇にかけて灰色がかった色合いで、よく見ると虫食い状の細かい斑模様が広がっています。これは褐色が強いキンクロハジロのメスと見比べると、色の違いが感じられます。
つまり、くちばし基部の白斑+冠羽なし+灰色がかった背中の3点が、スズガモのメスを識別するうえでのポイントになります。
参考情報:スズガモの特徴・識別ポイント(サントリーの日本の鳥百科)
https://www.suntory.co.jp/eco/birds/encyclopedia/detail/4656.html
現地でもっとも悩むのが、スズガモのメスとキンクロハジロのメスの識別です。実は、この2種の見分けは専門家でも「難しい」と認めるほど紛らわしい場面があります。それでも、3つのポイントを押さえれば格段に判断しやすくなります。
① 冠羽(かんう)の有無
もっとも確実な見分けポイントは「冠羽があるかどうか」です。キンクロハジロにはオスもメスも頭の後ろに冠羽があります(メスはオスより短め)。一方、スズガモには冠羽がありません。頭の後ろがすっきりしているか、少しでも飾り羽が見えるかを確認しましょう。これだけで判断できることが多いです。
ただし注意が必要な点があります。キンクロハジロのメスでも個体によっては冠羽が非常に短く目立たない場合があります。「冠羽がないように見える」だけでは判断を急がず、次のポイントも合わせて確認する姿勢が大切です。
② くちばし基部の白斑の範囲
スズガモのメスはくちばし基部の白斑が幅広く、顔の前方全体を縁取るように広がっています。対してキンクロハジロのメスは原則として白斑がない場合が多いものの、まれにくちばし基部が少し白くなる個体もいます。このため「白斑がある=スズガモ」と断定するのは危険で、白斑の範囲の広さと広がり方まで見ることが重要です。スズガモの白斑は「幅広くはっきりしている」のが特徴です。
③ 背中・脇の色合い
スズガモのメスの背中から脇にかけては灰色みを帯びた色合いです。キンクロハジロのメスは茶褐色(赤みのある茶色)が強い傾向があります。水面に浮かんでいる横姿をやや遠くから見たとき、全体的に「灰っぽく見えるか、茶色く見えるか」で判断する方法は、慣れてくると使いやすい識別法です。
「冠羽がないから確定」ではないということですね。
さらに現地での最終手段として、「一緒に泳いでいるオスを見る」という方法があります。スズガモのオスは背中が白地に黒い波状斑が入った特徴的な姿をしています。一方、キンクロハジロのオスは背中が黒くてくっきりした白黒コントラストです。群れで行動することの多い鳥なので、近くにいるオスの姿で判断するのが現実的な識別のコツです。
また、観察場所も大きなヒントになります。スズガモは海や河口・港湾を好み、淡水の池や公園の水辺にはほとんど現れません。一方、キンクロハジロは淡水域を好み、公園の池などでも見られます。「内陸の池で見た」ならほぼキンクロハジロ、「海辺・港で見た」ならスズガモを疑うのが経験則として有効です。
参考情報:スズガモとキンクロハジロの違いと見分け方(ネイチャーエンジニア)
https://www.nature-engineer.com/entry/2019/02/11/080000
スズガモについて「メスはいつ見ても地味な茶褐色」というイメージを持っている方も多いかもしれません。その認識はほぼ正しいのですが、オスの羽衣の変化との対比を知るとさらに理解が深まります。
カモ類のオスには「エクリプス」と呼ばれる非繁殖期の羽衣があります。繁殖期(春)が終わった後、オスは一時的にメスに似た地味な羽衣に換羽します。これは天敵に見つかりにくくするための自然の仕組みで、飛べなくなる換羽期間中の「保護色」として機能しています。スズガモの場合、秋に日本へ渡来してくる直後はエクリプス羽のオスが多く混じるため、群れ全体がメスだらけに見える時期もあります。これは東北地方環境事務所の観察記録にも記されているほどで、「飛来当初は全てメスに見える」と表現されることもあります。
一方、メスは1年を通して比較的安定した羽衣(黒褐色の体・くちばし基部の白斑)を保っています。繁殖期と非繁殖期で大きく見た目が変わるオスに対し、メスは一貫して地味な姿です。これは多くのカモ類に共通する特性で、抱卵・育雛の場面で目立たないようにするためだと考えられています。
つまり、年間を通じて「地味な黒褐色のカモ=メス」と識別できるということです。
ただし若鳥(幼鳥)の段階ではオスもメスに似た羽衣を持っているため、1年目の個体はオス・メスの区別がつきにくい場合があります。秋から初冬の時期に観察する際は、エクリプス中のオスや幼鳥も混じっている可能性があることを念頭に置いておくとよいでしょう。この判断がむずかしいところですね。
スズガモはカモ目カモ科スズガモ属に分類される潜水採餌ガモで、メスもオスもどちらも水中に潜って食物を取る生活をしています。ユーラシア大陸極北部・北米大陸極北部のツンドラ地帯で繁殖し、冬になると温帯域に南下して越冬します。日本へは主に冬鳥として飛来し、全国の海岸・港湾・河口・入江などに渡来します。
主食はアサリをはじめとする二枚貝・巻貝などの貝類です。驚くことに、貝殻ごと丸のみにして、筋肉質な砂嚢(砂肝)で内部から砕いて消化するという食べ方をしています。水深1〜数mの場所に頭から潜り、1分近く水中にとどまることもあります。これだけ頻繁かつ長く潜るため、水面から撮影しようとしてもなかなか水面に出ているタイミングがつかめない、というのがスズガモ撮影の難しさでもあります。
日本最大の越冬地は東京湾です。かつては冬季に東京湾全体で10万羽以上が越冬し、北へ渡る直前の3月には20万羽を超える個体数が記録された時期もありました。しかし近年は干潟の減少や貝類(アサリ)の減少にともない飛来数が激減しており、現在の越冬数は2万羽程度まで落ち込んでいるという報告もあります。これだけの変化が起きているというのは衝撃的ですね。
現在でも東京湾の三番瀬や葛西臨海公園周辺などに冬季訪れると、数千〜数万羽単位のスズガモの群れを観察できる場合があります。海面をびっしりと覆うほどの大きな群れは壮観で、一度見ると忘れられない光景です。また、北海道では夏でも繁殖地に渡らなかった若鳥が見られることがあります。
飛んでいるときは「ヒュッ ヒュッ ヒュッ」という金属質な羽音がします。この羽音が鈴を振るように聞こえることが「鈴鴨(スズガモ)」という名前の由来とされています。海辺でこの音が聞こえたら、上空を見上げてみると飛翔中のスズガモに出会える可能性があります。
参考情報:スズガモの飛来数減少について(日本野鳥の会千葉県)
https://chibawbsj.com/15_voice/foreword/2212.html
スズガモのメスを実際に観察しに行く際に、知っておくと役立つ実践的な準備をまとめます。「どこで、いつ、何を持って行けばいい?」という疑問に答えます。
まず観察時期ですが、スズガモが日本に滞在するのは10月上旬〜翌年4月ごろです。見ごたえのある大群に出会うなら、個体数が最大になる11月〜12月ごろがねらい目です。逆に春先(3月〜4月)に近づくほど北へ帰る個体が増え、観察できる数は減っていきます。
観察場所は「海辺・港湾・河口」を選びましょう。内陸の公園や淡水の池ではほとんど見られません。東京近郊なら葛西臨海公園(東京都江戸川区)が特に有名で、冬期に多数のスズガモを観察しやすいスポットです。広い水面を遠方から眺める形になるため、双眼鏡は必須の道具になります。
双眼鏡の倍率は8倍〜10倍が野鳥観察に適しています。8倍の双眼鏡であれば80m先のスズガモが10m先にいるかのように見え、くちばし基部の白斑や頭の形の違いまで確認できます。倍率が高すぎると視野が狭くなり、群れの中で個体を追いかけるのが難しくなるため、初心者には8倍が使いやすいでしょう。防水仕様の双眼鏡なら海辺での観察でも安心して使えます。
ここで多くの人が見落としがちな視点をひとつ紹介します。それは「メスは群れの端に多い」という点です。スズガモは大きな群れを形成しますが、繁殖期前のペアリング行動(ディスプレイ)が活発になる冬後半には、メスの周囲に複数のオスが近づく「求愛行動」が見られることがあります。このとき、オスが頭を前後に振ったり、首を水面に近づけたりする行動を見せます。メスを探しながら群れ全体の行動を観察すると、単に「どれがメスか」を判定するだけでなく、カモたちの社会的な行動のドラマを楽しめるようになります。これは教科書的な識別の本にはほぼ載っていない、現地観察ならではの楽しみ方です。
観察記録をスマートフォンのアプリでつける習慣もおすすめです。日本野鳥の会が提携している「eBird」(コーネル大学運営)などのアプリは観察場所を記録でき、過去の他のユーザーのデータも参照できます。「スズガモを今年確認した」という記録が積み重なることで、飛来数の変化を長期的に把握する市民科学データにもなります。これは使えそうです。
寒い季節の海辺での観察になるため、防寒対策も忘れずに。海風は思った以上に体温を奪います。防風性のある上着と手袋を用意しておくと、ゆっくりと腰を据えて観察を楽しめます。
参考情報:バードウォッチングに適した双眼鏡の選び方(日本望遠鏡工業会)
https://www.jtmas.jp/fun/birdwatch/bird_tools.html