リスクアセスメントのやり方と化学物質の対象・手順

リスクアセスメントのやり方と化学物質の対象・手順

リスクアセスメントのやり方と化学物質の手順・対象を歯科向けに解説

マスクをしていれば、化学物質のリスクアセスメントをしなくても問題ないと思っているなら、それだけで安全配慮義務違反に問われ多額の損害賠償リスクを負います。


🦷 この記事の3つのポイント
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歯科でも義務化されている

2016年6月1日から業種・規模を問わず、歯科医院・歯科技工所でも化学物質のリスクアセスメント実施が義務。対象は歯科領域だけで最低11物質に及ぶ。

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5ステップで誰でも実施できる

SDS確認→ばく露リスク見積もり→低減措置検討→実施→周知の5ステップ。国の無料ツール「CREATE-SIMPLE」を使えば専門知識がなくても評価できる。

⚠️
未実施は健康・法的リスクの両方

罰則規定は現状ないが、労働災害発生時に「安全配慮義務違反」として損害賠償請求に発展する可能性がある。がん原性物質の記録は30年間保存義務あり。


リスクアセスメントとは何か・化学物質の義務化の背景


化学物質のリスクアセスメントとは、職場で取り扱う化学物質の「危険性(火災・爆発のおそれ)」や「有害性(健康への悪影響)」を特定し、労働者がどのくらいのリスクにさらされているかを見積もった上で、そのリスクを安全なレベルまで低減する一連のプロセスを指します。単なる書類仕事ではなく、歯科スタッフの今とこれからの健康を守るための実践的な安全管理の仕組みです。


歯科領域で化学物質が義務化された経緯は、意外と古くかつ深刻です。日本呼吸器学会誌では2002年に「歯科技工士における塵肺症の1例」、2004年には「じん肺症と診断した歯科医の1例」が相次いで報告されました。さらに2018年3月には米国疾病管理予防センター(CDC)が、特発性肺線維症(IPF)の発症が歯科医院で働く人に多い可能性を公式レポートで示しています。これは肺の組織が硬化し酸素を取り込めなくなる難病であり、深刻な職業性健康リスクとして注目されました。


こうした背景を受け、2014年(平成26年)の労働安全衛生法改正により、2016年(平成28年)6月1日から業種・事業規模を問わず、化学物質を製造・取り扱うすべての事業場においてリスクアセスメントの実施が義務化されました。歯科医院も歯科技工所も、もちろん対象です。


さらに2022年(令和4年)5月に法改正が重ねられ、「国が細かく指定する規制型」から「事業者が自ら考えて管理する自律的管理型」へと大きく転換しました。つまり今後は「リストに乗っている物質のルールを守ればいい」という時代ではなく、「この職場でこの化学物質をどう使うか」を自分たちで考えて安全を確保することが求められます。


化学物質による労働災害の約8割は、これまでの個別規制対象外の物質が原因だったことも報告されており、この転換には強い合理性があります。歯科従事者にとっては人ごとではありません。


参考:歯科領域での化学物質のリスクアセスメント義務化に関する詳細な背景と施策が掲載されています。


義務化された「化学物質のリスクアセスメント」に対する歯科領域での施策(PDF)


リスクアセスメントの化学物質の対象・歯科領域の11物質とは

「うちは小さな歯科医院だから関係ない」は間違いです。規模にかかわらず義務が発生します。


日本歯科医師会(日歯発第1535号 平成27年11月20日)が示した歯科領域で取り扱う際にリスクアセスメントを講じる必要がある化学物質は、以下の11物質です。


物質名 主な用途 有害性レベル
シリカ CAD/CAM冠用材料・ジルコニアなど研磨粉じん HL5(最高リスク)
コバルト及びその化合物 コバルトクロム合金義歯床 HL5(最高リスク)
クロム及びその化合物 メタルクラウン・金属床義歯 HL5(最高リスク)
ニッケル及びその化合物 金属修復物 HL5(最高リスク)
白金及びその水溶性塩 白金加金など貴金属修復 HL5(最高リスク)
メタクリル酸メチル(MMA) レジンセメント・義歯床レジン HL5(最高リスク)
インジウム及びその化合物 CAD/CAM冠など新規材料 HL4
銀及びその水溶性化合物 アマルガム(廃止傾向)・根管洗浄剤 HL4
すず及びその化合物 メタル系歯冠修復材 HL4
銅及びその化合物 金属補綴物 HL4
ジルコニウム化合物 ジルコニアクラウン HL3


注目すべきはシリカ・コバルト・クロム・ニッケル・白金・メタクリル酸メチルの6物質が有害性レベルの最高ランク「HL5」に位置していることです。これは発がん性・呼吸器感作性・生殖細胞変異原性などの重篤な有害性が確認されている物質と同等のリスク区分になります。


また、2024年4月からのリスクアセスメント対象物歯科健康診断(厚生労働省ガイドライン)では、さらに5物質(クロルスルホン酸、三臭化ほう素、臭化水素、発煙硫酸、フェニトイン)が追加対象となりました。リストは毎年拡大される予定のため、最新情報を確認することも欠かせません。


対象物質かどうかを確認するには、各製品のSDS(安全データシート)の第15項「適用法令」を見て「労働安全衛生法」の記載を確認するのが基本です。不明な場合は厚生労働省の「職場のあんぜんサイト」でCAS番号(化学物質の国際識別番号)を入力して検索できます。


参考:歯科領域でのリスクアセスメント対象物の5物質健康診断ガイドラインが掲載されています。


事業所におけるリスクアセスメント対象物歯科健康診断ガイドブック(厚生労働省科学研究・PDF)


リスクアセスメントのやり方・化学物質の評価5ステップを解説

実施の流れさえ把握すれば、特別な資格がなくても対応できます。以下の5ステップが法令に基づく基本の流れです。


ステップ1:SDS(安全データシート)で危険性・有害性を特定する


まず職場で使用している化学物質をすべてリストアップし、各製品のSDSを取り寄せます。SDSはメーカー・供給業者に請求するか、公式ウェブサイトからダウンロードできます。SDSの「第2項:危険有害性の要約」と「第11項:有害性情報」に記載されているGHS分類を確認し、有害性レベル(HL)を特定するのが出発点です。


SDSの入手が困難な場合でも、事業者の義務は免除されません。NITE(製品評価技術基盤機構)の化学物質総合情報提供システム(NITE-CHRIP)でも成分情報を調べることができます。


ステップ2:ばく露レベルを見積もる


取り扱い量・飛散性・換気状況・作業時間の4要素からばく露レベル(EL)を推定します。歯科領域では切削・研磨作業が特にリスクが高く、「微細な軽い粉体が発生する」状況では飛散性ポイントが最大値になります。


具体的な算出は後述するCREATE-SIMPLEや歯科専用のTOHC方式ウェブツールを活用するのが現実的です。専門知識なしに自力でマトリクス計算するのはハードルが高いため、無料ツールの活用が推奨されています。


ステップ3:リスク低減措置を検討する(優先順位が重要)


リスクの大きさが判明したら、以下の優先順位に従って対策を検討します。


  • 🥇 本質的対策(最優先):危険な化学物質の使用をやめる、より安全な物質に代替する(例:油性接着剤→水性タイプへ)
  • 🥈 工学的対策:発生源の密閉化、局所排気装置の設置(口腔外バキューム・集塵装置付き技工ボックス)、作業の自動化
  • 🥉 管理的対策:作業時間の短縮・マニュアル整備・作業区域の表示・スタッフへの教育
  • 🛡 個人用保護具(最終手段):防毒マスク・保護手袋・保護眼鏡の着用


保護具は「最後の砦」です。いきなりマスクの着用だけで対策完了とするのは、法令が求める優先順位とは逆になります。まず換気設備の整備や物質の代替を検討してから保護具の選定に移ることが原則です。


ステップ4:リスク低減措置を実施する


検討した対策を計画的に実行します。設備改修は時間とコストがかかることもあるため、優先順位の高いリスクから対処することが求められます。この措置の実施は法令上の努力義務です。


ステップ5:結果を記録・保存し、スタッフへ周知する


リスクアセスメントの実施記録と措置の内容を文書として保存することが義務です。保存期間は原則3年間。ただしがん原性物質(シリカ・コバルト・クロム・ニッケルなど)は30年間の保存が義務付けられています。これはがんの潜伏期間が数十年に及ぶことがあるためで、退職後に発症した場合の証明にも使われます。


結果はA4用紙1枚程度にまとめ、診療室内の見やすい場所に掲示するか、書面をスタッフに配布する形で周知します。これが法令の求める「周知義務」を満たすことになります。


参考:5ステップの実施方法・対象範囲・化学物質管理者の役割について詳しく解説されています。


化学物質リスクアセスメントとは?義務化の対象から具体的な手順(first call)


リスクアセスメントのやり方を楽にする無料ツール「CREATE-SIMPLE」活用法

「手順はわかったが、ばく露濃度の計算なんてできない」と感じる歯科従事者は少なくありません。そのために厚生労働省が無料で提供しているツールが活用できます。


CREATE-SIMPLE(クリエイト・シンプル)は、あらゆる業種向けに開発されたExcelベースのリスクアセスメント支援ツールで、厚生労働省の「職場のあんぜんサイト」から無料でダウンロードできます。2024年2月にVer3.0へアップデートされ、機能が大幅に強化されました。


主な使い方の流れは以下の通りです。


  1. SDSの情報を入力:物質名・ばく露限界値・GHS区分などをSDSから転記する
  2. 作業条件を選択:1日の使用量・作業時間・換気状況などをプルダウンで選択
  3. リスクレベルを自動判定:入力完了でリスクレベルⅠ〜Ⅳが自動算出される
  4. 対策案を確認:リスクレベルに応じた推奨リスク低減措置が表示される


なお歯科領域には、TOHC(高崎労働衛生センター)方式という歯科専用のウェブ版ツールも存在します。こちらは歯科で対象となる11物質のみに特化しており、4項目(取扱量・飛散性・換気状況・接触時間割合)を選択してボタンを押すだけでリスクレベルが表示されます。リスクアセスメントや化学物質の専門知識がなくても使える設計になっており、歯科従事者にとって入門として使いやすいツールです。


ただし、CREATE-SIMPLEには注意点もあります。このツールは短時間(15分以内など)の突発的なばく露リスクは考慮外となっており、そのような状況が懸念される場合は実際の作業環境測定が必要です。また何らかの理由でばく露が急増する作業ではリスクが過小評価される可能性があります。


参考:CREATE-SIMPLEのダウンロードと操作方法の確認ができます(厚生労働省の公式サイト)。


化学物質のリスクアセスメント実施支援 CREATE-SIMPLE(職場のあんぜんサイト・厚生労働省)


歯科従事者が見落としがちなリスクアセスメントの化学物質に関する独自視点

法令の手続きをこなすだけでは、本当のリスクは見えてきません。


歯科領域において特に見落とされやすいのが、「医薬品・医療機器等の安全確保等に関する法律(薬機法)で規制されている製品はリスクアセスメントが不要」という誤解です。確かに厚生労働省通達(基発0803第2号)によれば、一般消費者向けの医薬品・化粧品などは「一般消費者の生活の用に供するもの」として対象外とされています。しかし歯科医院・歯科技工所で使用する歯科用材料は「労働者が業務として取り扱う」ものであり、この除外規定は適用されません。つまり歯科で日常的に使う義歯床レジンや金属材料は、きちんとリスクアセスメントの対象になります。


もうひとつの盲点がCAD/CAM冠の急速な普及とリスクの見直しです。2014年の保険適用開始以降、CAD/CAM冠の取り扱い歯科医療機関数は平成26年の19,793件から平成28年には41,095件へと2倍以上に拡大しました。これによりシリカ(ジルコニアの研削粉じん)や各種金属の切削粉じんにさらされるスタッフの数が急増しています。換気なしでジルコニアを加工した場合、リスクレベルはHL5×高飛散性という最大カテゴリになることがあります。


さらに、保護具に頼りすぎるリスクも見過ごされがちです。防塵マスク・防毒マスクを使用していれば法的要件を満たしたと考えるケースがありますが、2024年4月に義務化された「保護具着用管理責任者」制度が示すとおり、保護具は適切な選定・管理・着用確認が必要であり、単に渡すだけでは不十分です。たとえばN95規格のマスクでもフィットテスト(密着性確認)を行わないと、実際の防護性能は大きく低下することが知られています。


また、45歳以上でじん肺に至るまでの期間は、19歳以下の若年者と比べて約半分(平均9.53年 vs 24.62年)というデータもあります。歯科従事者の50歳以上が5割を超えているという業界の高齢化傾向と重ねると、今から適切なリスク管理を行うことが急務といえます。リスクアセスメントは将来の自分の健康への先行投資という視点で考えることが大切です。


参考:歯科医院・歯科技工所が化学物質リスクアセスメントを行うにあたっての背景と対象物質・やり方の詳細が確認できます。


歯科における化学物質のリスクアセスメント(専用サイト)


リスクアセスメントの化学物質・記録保存と化学物質管理者の選任義務

リスクアセスメントは「一度やれば終わり」ではありません。継続的な管理が求められます。


2024年4月1日からは、リスクアセスメント対象物を取り扱うすべての事業場において「化学物質管理者」の選任が義務化されました。事業場ごとに1名以上の選任が必要で、「会社全体で1人」では不十分です。製造事業場では専門講習の修了が必要ですが、取り扱いのみの事業場(歯科医院・歯科技工所など)では法的資格要件はなく、化学物質管理の知識を持つスタッフを充てることができます。


化学物質管理者の主な役割は、リスクアセスメントの計画・実施・記録管理・スタッフへの周知です。加えて、リスク評価の結果として保護具の使用が必要と判断された場合は「保護具着用管理責任者」も別途選任しなければなりません。こちらも2024年4月以降の義務です。


記録保存については以下のルールがあります。


  • 📁 通常の物質:リスクアセスメント実施記録・措置内容を最低3年間保存
  • ☢️ がん原性物質(シリカ・コバルト・クロム・ニッケルなど)30年間保存が義務


30年保存が必要な理由は、がんの潜伏期間が数十年に及ぶケースがあるためです。スタッフが退職してから20年後に肺がんが発見されたとき、職業性のリスクがあったことを証明するためには、当時の記録が不可欠になります。これは労働者が適切な労災補償を受けるために不可欠な制度でもあります。


「リスクアセスメントを実施しなかった」こと自体に対する直接的な罰則規定は、現時点では設けられていません。ただし、2025年7月にはSDS未交付に対して「6カ月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金」という罰則が法制化されました。リスクアセスメント未実施についても規制強化が進む方向にあるため、今から対応を整えることが望ましいといえます。また未実施の状態で労働災害が発生した場合、安全配慮義務違反として民事訴訟の対象となる可能性は十分にあります。


PDCAサイクルの考え方で、リスクアセスメント(Plan)→リスク低減措置の実施(Do)→評価(Check)→改善(Act)を繰り返すことで、職場の安全衛生レベルを継続的に高めていくことが本来の目的です。法令を守るためだけでなく、共に働くスタッフを守るための取り組みとして位置づけることが、長期的に見ても職場環境の改善につながります。


参考:化学物質自律的管理の最新動向・SDSの罰則強化について詳しく解説されています。


SDS違反に罰則!化学物質の自律的管理の規制強化が進む(大日本印刷グループ)




食の安全とリスクアセスメント