

ハシビロガモのぐるぐるは、お腹が空いたときしか見られません。
ハシビロガモ(嘴広鴨)は、カモ科マガモ属に分類される水鳥で、学名は Anas clypeata といいます。名前の由来はそのまま「くちばし(嘴)が広い鴨」であり、英語名の "Shoveler"(シャベル使い)も同じ理由からきています。体長はオスが約51cm、メスが約43cmで、カルガモよりひと回り小さいサイズ感です。体重は0.5〜1.1kgほどで、手のひら〜両手に収まる程度の大きさをイメージしてください。
最大の特徴は、なんといっても先端が大きく横に広がった「しゃもじ型」のくちばしです。他のカモと並んで泳いでいても、その異質なシルエットはひと目でわかります。くちばしの色はオスが黒色、メスが黄褐色で、これも雌雄の見分けポイントになります。
オスの羽色は非常に鮮やかで、頭部は光沢のある濃い緑色、胸は白色、脇腹は赤褐色と、はっきりしたコントラストが目を引きます。これが繁殖期(春〜夏)に現れる「生殖羽」と呼ばれる羽色です。一方、繁殖期以外には「エクリプス」という換羽をして、メスに似た地味な褐色になります。これはカモ類全般に見られる特徴で、繁殖期以外は外敵に目立たないよう体色を変えるためです。メスは一年を通じて黒褐色の斑が散らばった茶褐色系の羽色で、一見すると地味に映りますが、よく見ると愛らしい顔つきをしています。
つまり、ハシビロガモは見た目だけでも十分に個性的です。
🔗 サントリー「日本の鳥百科」ハシビロガモの解説(全長・分布・鳴き声など基本情報が網羅されています)
公園の池でカモの群れが洗濯機のようにぐるぐると回っている光景を目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。あの行動は「渦巻き採食」と呼ばれるハシビロガモ特有の採食行動で、遊びや踊りではなく、高度に発達した「集団での食事作戦」です。
仕組みはこうです。複数のハシビロガモが同じ場所を中心に同じ方向へぐるぐると回り続けることで、水中に強い渦流が生まれます。この渦は中心に向かって下から上へ水を押し上げる力を生じさせます。その結果、水の底に沈んでいた動物プランクトンまでが水面近くへ浮き上がり、渦の中心に集まってくるのです。あとはそこに集まってきたプランクトンを、あの大きなくちばしで水ごとすくい込むだけ。これは非常に効率のいい「集団プランクトン漁」といえます。
渦の回転方向は右回りや左回りと決まっておらず、渦ごとにバラバラです。また、隣の渦に合流したり、過密になりすぎた渦の中でカモ同士が小競り合いをしたりと、近くで見るとかなりにぎやかな光景になります。数十羽が集まると大きな渦が形成されることもあり、三重県・北勢中央公園の市場溜では「冬の風物詩」と呼ばれるほど毎年見られます。
この行動が特別なのは、チームワークが前提だという点です。1羽でぐるぐるしても渦は生まれません。最低でも数羽が同じ方向に同じタイミングで回ることで、初めて水流が起きます。野生の鳥がこれほど組織的に協力して採食するのは珍しく、研究者からも注目されている行動です。
渦巻き採食が基本です。
🔗 バイオーム公式ブログ「みんなでくるくるハシビロガモ」(渦巻き採食の仕組みが動画つきで詳しく解説されています)
渦巻き採食が機能するのも、あの特殊なくちばしがあってこそです。ハシビロガモのくちばしの縁には「板歯(ばんし)」と呼ばれるくし状の細かい突起が並んでいます。間隔は非常に細かく、歯ブラシの毛先をさらに密にしたようなイメージです。これが水とエサを分ける「ろ過フィルター」として機能しています。
仕組みはシンプルで、くちばしを水面に浅くつけたまま前に進むことで、水が自然にくちばしの中へ入ってきます。くちばしの先端から吸い込まれた水は、板歯でプランクトンだけがこし取られ、余分な水はくちばしの根元付近から排出されます。カモが口をパクパクさせながら泳いでいるように見えることがありますが、あれがまさにこのろ過採食の動作です。
興味深いのは、この板歯がカルシウム製の「歯」ではなく、タンパク質が変化したもので、人間の爪に相当する素材でできているという点です。柔軟性があり、細かいプランクトンも逃さない精巧な構造になっています。フラミンゴや髭クジラ、ジンベエザメなど、動物界には同様のろ過摂食者がいますが、鳥類の中でこの構造を最も発達させたのがハシビロガモです。他のカモとの大きな違いです。
この板歯のおかげでハシビロガモは、他のカモがほとんど利用しない「動物プランクトン」というニッチな食料源を独占できます。具体的にはワムシやケンミジンコといった体長0.3〜2.2mm程度の微小甲殻類が主な餌です。約0.5mm程度というと、砂粒より少し大きいくらいの極小サイズです。これをろ過で大量に集める技術は、実に洗練されています。
🔗 日本野鳥の会 京都支部「ハシビロガモ」(板歯の構造と採食行動について詳しい解説と写真があります)
ここが意外なポイントです。ハシビロガモのぐるぐるには、採食目的とは別に「求愛行動」としての意味もあります。区別のカギは、「何羽でぐるぐるしているか」です。
10羽以上の群れでぐるぐる回っているなら、それは渦巻き採食です。しかし、オスとメスのたった2羽だけが向かい合いながら円を描くように回っているなら、それは求愛のぐるぐるです。オスがメスに自分を認めてもらうため、顔を寄せ合いながら水面を一緒に回る行動で、いわばカモ版のデートダンスです。
米子水鳥公園のブログでは「まるでカモの舞踏会」と表現されているほど、このペアのぐるぐるはロマンチックな光景として鳥好きの間では有名です。2羽の目が合ったままくるくると回り続ける様子は、確かに微笑ましく見えます。
この2種類のぐるぐるが見分けられるようになると、観察がグッと面白くなります。池のそばで「あっ、2羽だけで回ってる!」と気づいたとき、それはカップル成立の瞬間かもしれません。冬の公園での楽しみが一つ増える発見です。
双眼鏡があると細かい行動の違いが見やすくなります。8倍程度の入門向けモデルでも十分で、Nikonの「アクションEX 8×40」やKOWAの「YF II 8×30」あたりは1万〜2万円台で購入でき、野鳥観察にも子どもの運動会にも使えます。1台あれば冬の観察がぐっと楽しくなります。
🔗 米子水鳥公園スタッフブログ「くるくる回るハシビロガモ」(求愛ぐるぐるの様子とカモの舞踏会の解説があります)
ハシビロガモは冬鳥なので、日本では秋から春(おおよそ10月〜3月)にかけて見られます。繁殖地はユーラシア大陸や北米の北部で、冬になると日本を含むアジア各地に南下してきます。北海道では春と秋に通過する旅鳥として見られますが、本州以南では越冬するため、比較的長い期間観察できます。
渦巻き採食が見られるのは、動物プランクトンが豊富な「富栄養化した湖沼や池」が中心です。水がきれいすぎる場所よりも、少し濁りがあって栄養分の多い水辺のほうがプランクトンが多く、ハシビロガモが集まりやすい傾向があります。公園の古い溜め池などが狙い目です。
全国のおすすめスポットを挙げると、東京なら新宿御苑の池・水元公園・井の頭公園・北の丸公園など都内の公園でも観察できます。神奈川では新横浜公園の大池、三重の北勢中央公園の市場溜は「毎日ぐるぐる回っている」と公式サイトでも紹介されるほど有名な観察地です。東京・千代田区の科学技術館そばの北の丸公園でも集団採食が確認されています。
観察のコツとして、ぐるぐるは採食中にしか見られないため、ハシビロガモが活発に動く朝〜午前中が特に観察しやすい時間帯です。渦の中心を注目していると、くちばしをパクパクさせながら泳ぐ様子もよく見えます。子どもと一緒に公園を散歩しながら観察できるのも、この行動の魅力の一つです。
| スポット名 | 都道府県 | 特徴 |
|---|---|---|
| 新宿御苑 | 東京都 | 都心でアクセス◎、池が複数ある |
| 水元公園 | 東京都 | 23区最大の公園、冬鳥が豊富 |
| 新横浜公園(大池) | 神奈川県 | 毎年飛来する常連スポット |
| 北勢中央公園(市場溜) | 三重県 | 「毎日ぐるぐる」と公式発信されるほど有名 |
| 井の頭公園 | 東京都 | 三鷹市・武蔵野市境界、市街地で手軽 |
🔗 ネイチャーエンジニア「ハシビロガモ|スコップのようなくちばしとぐるぐる行動の謎」(渦巻き採食・求愛行動・冬鳥の生態を写真と図解でわかりやすく紹介)