

見た目がおいしそうなキノコほど、実は強い毒を持っていることがあります。
チャツムタケ属(学名:Gymnopilus)は、ハラタケ目ヒメノガステル科に分類されるキノコの「属」の単位です。南極大陸を除く世界各地に広く分布しており、200種以上が確認されています(Kirk et al. 2008)。これはポケモンの全国図鑑の最初期の種数(151種)より多い数であり、世界的に見ても種の多様性が高い属といえます。
日本国内でも複数の種が確認されており、秋の山林や公園など、広葉樹・針葉樹を問わず朽ちた倒木や切り株の上に発生します。近年の分子系統解析によって、日本には新たに3種(オオチャツムタケ、ムラサキチャツムタケ、エビイロチャツムタケ)が新産種として発見されたことも報告されています(日本菌学会誌、2016年)。
つまり「チャツムタケ」は1種の名前であると同時に、Gymnopilus全体の「属名」にもなっているということですね。このあたりが分かりにくいポイントでもあります。
代表的な種としては以下が挙げられます。
- チャツムタケ(Gymnopilus picreus / G. liquiritiae):傘径2〜6cm の小型種。針葉樹の腐木上に群生。毒キノコ(食不適)。
- オオワライタケ(Gymnopilus junonius):傘径5〜15cm の中〜大型種。食べると笑いなどの異常興奮を起こす。
- キツムタケ(Gymnopilus sp.):チャツムタケより一回り大きく、やはり食用不適。
- ミドリスギタケ(Gymnopilus aeruginosus):緑色を帯びた珍しい外観を持つ種。
いずれも強い苦みを持ち、食用には向きません。これが基本です。
参考:チャツムタケ属の新産種に関する日本菌学会の報告(J-Stage)
チャツムタケ(Gymnopilus picreus)には、少量のシロシビン類が含まれていることが確認されています。シロシビン(Psilocybin)は、中枢神経の視覚に関与するセロトニン受容体に作用し、幻覚・精神錯乱・暴力行動などを引き起こす物質です。
主な中毒症状をまとめると以下のようになります。
- 頭痛・悪寒・めまい
- 血圧降下・平衡感覚の喪失
- 幻覚・精神錯乱
- 暴力的な興奮状態
症状が現れるまでの時間は比較的早く、摂食後30分〜3時間程度で発症するケースが多いとされています。特に怖いのは、チャツムタケ属の中でもオオワライタケは傘径が最大20cmにもなり、肉付きもよく、見た目がおいしそうなキノコに見えることです。
意外ですね。そんなに大きなキノコだったとは。
シロシビンはもともとメキシコの先住民が宗教儀式に使っていたとされる成分で、現在は日本を含む多くの国で麻薬に指定されています。したがって、チャツムタケ属を故意に食べて幻覚作用を期待することは薬物乱用に該当し、法律上も問題があります。これは誤食とはまったく別の問題です。
一方、オオワライタケに関しては地域差もあります。日本のオオワライタケからはシロシビンが検出されないことが多く、別の毒成分「ジムノピリン類」が中枢神経に作用するとされています。同じ属・同じ見た目でも、産地によって含有成分が異なる可能性があるという点は、研究者の間でも注目されています。
消化器症状(嘔吐・下痢・腹痛)が同時に現れることもあるため、食後に体調異変を感じたらすぐに医療機関を受診してください。食べたキノコの残りがあれば必ず持参しましょう。
参考:チャツムタケの毒成分・中毒症状の詳細
チャツムタケ 毒・中毒症状の解説(きのこ写真&解説)
チャツムタケ属の怖さは、毒性そのものだけではありません。食用キノコと見た目がよく似ているという点が最大のリスクです。
チャツムタケは以下の食用キノコと混同されることがあります。
- エノキタケ(Flammulina velutipes):柄が細く、群生する点が似ている
- ナラタケ(Armillaria mellea subsp. nipponica):倒木や切り株に束生し、色も近い
- キツブナラタケ(Armillaria sp.):特に美味とされる人気種で、形状の類似性が高い
過去10年間(平成26年〜令和5年)に全国で毒キノコによる食中毒は239件発生し、患者数629人・死者3人という記録があります(茨城県保健福祉部資料)。その大部分は秋(9〜11月)に集中しており、家族でキノコ狩りに出かけた際の誤食が原因となるケースが少なくありません。
見分けるための確認ポイントは3つあります。
1. 苦みを確認する:チャツムタケ属はどの種も非常に強い苦みがあります。少量だけ口に含んでみると、飲み込まなくても判別できます。苦ければ即座に吐き出しましょう。
2. ヒダの色を見る:チャツムタケ属のヒダは若いときは黄色ですが、成熟すると錆褐色に変わります。これは食用キノコにはあまり見られない特徴です。
3. ツバ(リング)の有無:チャツムタケ(小型種)にはツバがないのが基本ですが、オオワライタケにはツバがあります。一方、ナラタケにもツバがあるため、この点だけで判断するのは危険です。
苦みの確認が最も確実です。これだけ覚えておけばOKです。
なお、「山でとれたキノコだから大丈夫」「昔から家族でとっていた」という経験則は、非常に危険な思い込みになりえます。同じ場所に毒キノコと食用キノコが混在していることは珍しくなく、専門知識がなければ100%安全とは言い切れません。
参考:農林水産省による毒きのこ食中毒の注意喚起ページ
本当に安全?STOP毒きのこ(農林水産省)
チャツムタケ属の中で、特に注意が必要な種がオオワライタケ(Gymnopilus junonius)です。
英名は "Laughing Gym"(笑うジム)。その名の通り、食べると顔が引きつって笑ったように見える異常な興奮状態に陥ることから名付けられました。傘径は通常5〜15cm、大きいものでは20cmにもなります。ハガキ(14.8cm)の短辺よりも大きな傘を持つケースがあると考えると、かなりの存在感です。
発生場所はシイ・コナラ・ミズナラ・ブナなどの広葉樹の枯れ木の根元で、数本〜十数本が束になって生えることが多いです。都市部の公園でも発生事例が報告されており、東京都渋谷区や町田市でも確認されています。つまり、山奥に行かなくても出会える可能性があるキノコです。
食べると30分〜3時間程度で以下の症状が現れます。
- 悪心・嘔吐
- めまい・ふらつき
- 多幸感・笑い発作・視覚の歪み
- 幻覚・幻聴
致命的ではないとされることもありますが、乳幼児や高齢者が誤食した場合には重篤化するリスクがあります。厳しいところですね。
また、興味深い文化的事実として、フランスではオオワライタケをオリーブ油に漬けて食用とする地域があります。東北のある地域でも、煮こぼして流水に一晩さらし、塩漬けで数か月保存することで毒を緩和してきたとの記録があります(Wikipedia「オオワライタケ」の項)。ただしこれはあくまで伝統的な加工法であり、一般家庭での再現は推奨されません。
チャツムタケ属の毒成分は加熱や乾燥で完全に分解されるわけではないため、「しっかり炒めれば大丈夫」という判断は通用しません。これが条件です。
ここでは少し違った角度からお伝えします。
野外でキノコを採る際、多くの方が「オレンジ色・黄色系のキノコは食べられそう」「群生しているから食用だろう」と感じやすいものです。しかし、この感覚こそがチャツムタケ属による誤食を引き起こしやすい心理です。
チャツムタケ属に属するキノコは、全体的に黄褐色〜オレンジ褐色〜黄金色のものが多く、見た目にも食欲をそそります。倒木や切り株の上に数本〜数十本が群生するため、「これだけたくさんあるなら食べられるはずだ」という誤解を生みやすい。
逆にいえば、「朽ちた木の上に、オレンジ〜黄色系のキノコが群生していたらチャツムタケ属を疑う」という習慣を持つだけで、誤食リスクを大幅に下げることができます。
食用のナラタケやエノキタケも似たような場所・色合いで発生することがあるため、混同してしまうのです。識別の手順としては次の順番がおすすめです。
1. 見た目の環境(朽ちた木の上か、地面か)を確認する
2. 傘のヒダの色(黄色か、錆褐色か)を確認する
3. 少量口に含んで強い苦みがあれば即座に吐き出す
4. 確信が持てなければ採らない・食べない
「確信が持てないなら採らない」が原則です。
専門家による鑑定が可能な地域では、地域の農林事務所や保健所でキノコの鑑定相談を受け付けているケースがあります。採取したキノコを持ち込んで確認を取るのが最も確実な方法です。
参考:東京都保健医療局によるキノコ食中毒の一覧と注意点
キノコ食中毒 – 東京都保健医療局「食品衛生の窓」