

AZアルクマールは「3大クラブ以外では優勝できない」とされていたオランダで、44年ぶりにその壁を破ったクラブです。
AZアルクマール(正式名称:アルクマール・ザーンストレーク)は、1967年5月10日に2つのクラブが合併して誕生しました。「アルクマール'54」と「FCザーンストレーク」という、どちらも深刻な経営難に陥っていたクラブが手を組んだのです。その目的は、国内に君臨していたアヤックス1強体制を崩すため——というから、いかに野心的な誕生劇だったかがわかります。
合併の立役者は地元で家電量販店を営むモレナール兄弟でした。彼らはサッカー好きの実業家として、私財を投じてクラブを支え続けました。特に1972年に3ヶ月間も選手への給与が払えない危機に直面した際も、兄弟が自らの事業資金を投入してクラブを救っています。
クラブの黄金期は1977年から1982年にかけてで、この時期にKNVBカップ(オランダカップ)を3度制覇。1980-81シーズンにはリーグ戦34試合で27勝1敗・101得点という圧倒的な成績でエールディビジを初制覇しました。アヤックス・フェイエノールト・PSVという「3強」以外のクラブが優勝したのは、1965年から2009年の44年間でこの1回だけです。驚きの記録ですね。
その後一時は2部降格も経験しましたが、2008-09シーズンに28年ぶり2度目の優勝を達成。当時の監督ルイス・ファン・ハールは、平均年齢21歳以下・移籍費用わずか900万ユーロ(約15億円)という少ない資金で三大クラブを圧倒し、オランダサッカー界を驚かせました。つまり「少ないお金でも本物の育成があれば勝てる」というのがAZの哲学です。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1967年 | アルクマール'54とFCザーンストレークが合併し、AZとして誕生 |
| 1980-81年 | エールディビジ初優勝・KNVBカップ制覇の2冠達成 |
| 2006年 | 現本拠地AFASスタジアムが完成(収容人数約1万7000人) |
| 2008-09年 | 28年ぶりのリーグ優勝。ファン・ハール監督指揮のもと快挙達成 |
| 2023年 | UEFAユースリーグ優勝。オランダクラブ史上初の快挙 |
AZのニックネームは「カースコッペン(チーズ頭)」や「デ・カースボーレン(チーズ農家)」。本拠地アルクマールが400年以上の歴史を持つチーズ産地であることにちなんでいます。これが基本です。
AFASスタジアムは、2006年8月4日にオープンしたAZのホームスタジアムです。建設費約3,800万ユーロ(約65億円)をかけて完成し、収容人数は約1万7,000人とコンパクトながら、ヨーロッパ基準の最新設備を備えています。実は、当初から2階席を増設して3万人規模に拡張する計画がありました。ところが2009年にネーミングライツスポンサーだったDSB銀行が経営破綻し、拡張計画は凍結——スポンサーの影響力は思った以上に大きいですね。
さらに、このスタジアムには衝撃的な出来事があります。2019年8月10日、強風により屋根の中央部分が崩壊したのです。幸い試合中ではなかったため人的被害はゼロでしたが、スタジアムは使用不可能に。その後の調査で「溶接不良・設計ミス・腐食の複合的原因」と判明し、AZはしばらくADOデン・ハーグのスタジアムを借りてホーム試合を開催しました。2021年に新たな屋根が完成し、630トンの巨大構造物が設置されて、現在はより強固なスタジアムとして再生しています。
スタジアムの別名は「ビクトリースタジアム(勝利スタジアム)」です。これはアルクマールの歴史的なスローガン「In Alkmaar begint de victorie(勝利はアルクマールで始まる)」に由来しています。1573年のスペイン軍包囲を市民が撃退した歴史がその背景にあり、街の誇りがそのままクラブの名前に宿っているのです。
スタジアム内には「グランドカフェ・ファン・ハール」という名のカフェも存在します。これは2009年の優勝を率いた名将ルイス・ファン・ハールの名前を冠したもので、試合のない日も一般に開放されています。観光でアルクマールを訪れた際には立ち寄れるスポットです。これは使えそうです。
スタジアムへのアクセスはアルクマール駅から徒歩約1時間、または車で約10分です。試合観戦のついでに、毎週金曜日(3〜9月)に開催される伝統のチーズ市場にも足を運べるのが、この街ならではの楽しみ方です。
AZアルクマールは、日本人選手にとって「ヨーロッパへの登竜門」として確固たる地位を築いています。これほど継続的に日本人選手を受け入れているオランダのクラブは、AZ以外にはほとんど存在しません。
最初に本格的な実績を作ったのが菅原由勢(すがわら・ゆきなり)選手です。2019年6月に名古屋グランパスから期限付き移籍し、2020-21シーズンに完全移籍。5シーズンにわたってAZの右サイドバックとして活躍し、UEFAヨーロッパリーグなど欧州舞台でも存在感を発揮しました。その活躍が評価され、2024年7月にはプレミアリーグのサウサンプトンへと旅立ちました。現在はヴェルダー・ブレーメンでプレーしています。
菅原選手の後を継いだのが毎熊晟矢(まいくま・せいや)選手です。2024年6月、セレッソ大阪からAZへ完全移籍。長崎県出身の1997年生まれで、攻撃参加も得意な右サイドバックとして「菅原超え」とも評される評価を受けました。AZの強化部長は「菅原と多くの類似点がある」と語っており、日本人選手のタイプとAZのサッカースタイルがいかにマッチしているかを示しています。
さらに2026年1月には、J2大宮アルディージャのDF市原吏音(いちはら・りおん、20歳)がAZへ完全移籍。冨安健洋選手に次ぐ若さでの欧州移籍として注目を集め、移籍金は1〜2億円とも報じられています。チェルシーからも関心を示されていた逸材がAZを選んだことは、クラブの育成環境への信頼を示すものです。
日本人選手が3代続けてAZの右サイドバックを担うという構図は、偶然ではありません。AZのサッカーはサイドバックが高い位置を取り、積極的に攻撃参加する戦術を取り入れており、技術と走力を兼ね備えた日本人選手の特性と相性が良いのです。日本人とAZの相性は抜群ということですね。
参考リンク(AZアルクマールと日本人選手の詳細な関係について)。
市原吏音、AZ移籍を決めた理由は? 「他クラブよりも…」(Goal.com)
AZアルクマールが中小クラブでありながら上位をキープし続けられる最大の理由は、世界最先端レベルの育成システムにあります。資金力で三大クラブに勝てないなら、育成で勝つ——これがクラブ全体で共有されている哲学です。
特に注目すべきなのが「神経科学」を活用した選手評価システムです。従来のサッカー育成では「技術・戦術・フィジカル・メンタル」の4要素が重視されていましたが、AZはここに「認知能力(脳の情報処理速度)」という第5の要素を加えています。12歳の選手に「BrainsFirst」という専用テストを実施し、脳が情報をどれだけ速く処理できるかを計測するのです。研究によれば、認知能力上位33%の選手は下位グループと比べて市場価値が6〜7倍高くなるというデータもあります。
2016年にはザーンスタットに「AFASトレーニングセンター」を開設しました。施設内にはVRシステムを使った戦術トレーニング設備があり、怪我をしてピッチに立てない選手でも一人称視点のゲームシナリオで戦術理解を継続できます。ITとサッカーの融合が、他のクラブとの差を生んでいます。
「生物学的年齢」への着目も独自の取り組みです。同じ15歳でも、骨格の成熟度や身体的な発達段階は大きく異なります。AZは暦年齢ではなく生物学的年齢をもとに個別のトレーニングプログラムを設計します。これにより、早熟選手が過大評価されて晩熟の逸材が見逃されるというサッカー界の長年の課題に対応しています。
育成の成果として、2023年4月にはAZ U-19がUEFAユースリーグを制覇。決勝でハイドゥク・スプリト(クロアチア)を5-0という圧倒的スコアで下し、オランダクラブ史上初のタイトルを手にしました。また2015年・2016年には2年連続でオランダ最優秀ユースアカデミーに選出されています。育成の質が日本人選手にとっても魅力なのが条件です。
参考リンク(AZアルクマールのデータ育成の詳細)。
AZ アルクマール完全ガイド:チーズ農家の夢が紡いだオランダサッカーの奇跡(note)
サッカーが好きではなかったとしても、アルクマールという街は一度訪れる価値があります。チーズ市場で世界的に有名なこの街は、サッカー観戦と観光を同時に楽しめる数少ない場所のひとつです。
アルクマールはオランダの首都アムステルダムから列車で約40分の距離にあります。アムステルダム・セントラル駅から直通電車があり、観光旅行のついでに立ち寄ることが十分可能です。街の人口は約9万人と小さめで、東京の一区に満たないほどのコンパクトさですが、旧市街の運河沿いに広がる美しい街並みは絶景です。
アルクマールといえば何といっても「チーズ市場(カース・マルクト)」が観光の目玉です。毎年3月末から9月末の毎週金曜日、午前10時から午後1時まで開催され、伝統的な白い服を纏ったチーズ運搬人(チーズポーター)たちがゴーダチーズを木製の担架で運ぶ光景は圧巻です。AZの試合はエールディビジの日程上、週末に多く組まれるため、金曜にチーズ市場を見て翌日に試合観戦というスケジュールが組みやすいです。
街の観光スポットとしては、ワーグ広場(重量計測所)やチーズ博物館、15世紀建造のシント・ラウレンス教会なども見どころです。特にチーズ博物館は「牛」「ゲーム」「デザイン」という3つのテーマでチーズの歴史を学べる体験型施設で、子ども連れでも楽しめます。
試合観戦に興味があれば、AFASスタジアムのチケットはオフィシャルサイトや現地窓口で購入可能です。エールディビジは日本のJリーグと比べてチケット価格が手頃で、良い席でも数千円程度から購入できるため、ヨーロッパのサッカーを初めて観戦したい方にもおすすめです。サッカー初心者でも気軽に足を運べますね。
オランダは英語が非常に通じやすい国として有名で、オランダ人の英語普及率は世界最高水準のひとつです。公用語はオランダ語ですが、ほぼすべてのホテルや観光地でスタッフが英語対応しています。日本語表記は少ないですが、英語があれば一人旅でも十分に観光できます。
参考リンク(アルクマール観光とAFASスタジアムへの訪問情報)。
【スタジアムへ行こう vol.2】AFAS Stadion(Alkmaar AZ)現地訪問レポート(lokalu.net)
AZアルクマールが菅原由勢・毎熊晟矢・市原吏音と3代にわたって日本人選手を獲得し続けているのは、単なる偶然ではありません。ここには、他の記事ではあまり語られない「構造的な理由」があります。
まず注目したいのがAZのスカウト体制です。クラブは日本サッカー界との関係を2019年以降に意識的に強化しており、Jリーグの試合映像分析やスカウトネットワークの日本への拡張を進めています。菅原由勢の成功がそのきっかけとなり、「日本人選手は高い技術と勤勉性を持ちながら費用対効果が高い」という評価がクラブ内で定着しました。日本人の評判は着実に高まっています。
次に「ステップアップのモデルケース」としての役割です。エールディビジはプレミアリーグやブンデスリーガなどに比べて知名度では劣りますが、若い選手が試合経験を積みながら欧州の環境に慣れるには理想的なリーグです。試合のペースが比較的高く技術的なプレーが重視されるため、Jリーグから来た選手が力を発揮しやすいという特性があります。
AZの財政モデルも重要な背景です。クラブは「育てて売る」ビジネスモデルを採用しています。若手選手を低コストで発掘・育成し、価値が上がったところでビッグクラブに売却するサイクルで収益を確保しています。日本人選手はこのモデルにとって「費用対効果の高い投資先」として機能しており、移籍金1〜2億円でJ2から獲得し、育成して数倍の価値で送り出すという流れができつつあります。
また、2018年に元日本代表監督の岡田武史氏が技術顧問としてクラブに加わった時期と、日本人選手の獲得が活発化した時期が重なっているのも見逃せません。岡田氏の存在が日本とオランダのパイプをより太くした可能性は高く、こうしたネットワークの積み重ねが「AZ=日本人選手の欧州への扉」というブランドを形成しました。
AZが日本人選手に選ばれ続ける理由は、サッカースタイルの相性・育成環境の質・人的ネットワーク・財政モデルのすべてが噛み合っているからです。この好循環は今後も続いていく可能性が高く、次に誰がAZの赤いユニフォームを着る日本人になるのか、サッカーファンなら目が離せません。