

葉緑体がなくても、光合成は普通にできます。
「ユレモ」「ネンジュモ」という名前を、お子さんの教科書で目にしたことはないでしょうか。理科の教科書では「原核生物の例」として必ずと言っていいほど登場する生き物です。見た目は水中や地面のぬるっとした青みがかった塊や糸状のもので、川の石や水路の壁、庭の土、田んぼの水面などでも見かけることがあります。
これらはどちらも「シアノバクテリア(藍藻/ラン藻)」という生物グループに属しています。シアノバクテリアは、細菌と同じ「原核生物」です。原核生物とは、細胞に「核(かく)」がない生き物のことで、私たち人間や植物などの「真核生物」とは根本的に細胞の構造が異なります。
原核生物が基本です。
ユレモの形態は、細くてほっそりした糸状で、直径は4〜60マイクロメートル(1マイクロメートル=0.001ミリメートル)程度。分岐はなく、まっすぐまたはゆるやかにカーブしています。水溝や日当たりの悪いたまり水によく発生し、藍色〜青緑色をしているのが特徴です。
一方、ネンジュモは数珠(じゅず)のように球形の細胞が一列につながった糸状の細胞糸が、寒天質の基質に包まれた「群体」を形成します。群体は球形から不定形で、条件によっては直径50センチメートルに達することもあります(ほぼA3用紙の短辺と同じ長さです)。庭や道路脇でよく見かける「イシクラゲ」もネンジュモの仲間です。
参考:ネンジュモの形態・生態の詳細(Wikipedia)
ネンジュモ属 - Wikipedia
「光合成は葉緑体で行うもの」というイメージを持っている方は多いと思います。確かに植物は葉緑体の中にある「チラコイド膜」という膜構造で光合成を行います。ところがユレモやネンジュモには葉緑体そのものがありません。これは驚くべきことです。
では、どうやって光合成をしているのでしょうか?
シアノバクテリアの細胞の内部には、葉緑体の内膜構造に対応する「チラコイド膜」が直接、細胞全体に広がっています。つまり、細胞そのものが一つの葉緑体のように機能しているのです。日本植物生理学会のQ&Aでも「細胞全体が一つの葉緑体のように機能して光合成を行う」と説明されています。
チラコイド膜上には光合成色素が結合したタンパク質が存在し、光エネルギーを受け取って光合成を動かします。この点では、植物の光合成と基本的なメカニズムは同じです。
光合成色素が条件です。
シアノバクテリアが持つ光合成色素は「クロロフィルa」で、これは植物の葉緑体にも含まれる色素と同じものです。これに加えて「フィコシアニン」「フィコエリトリン」といったフィコビリン類という補助色素も持っています。これらの色素が青〜緑色の特徴的な見た目を生み出しています。
さらに重要な点があります。シアノバクテリアの光合成は「水(H₂O)を分解して酸素(O₂)を発生させる」タイプの光合成です。これは植物の光合成と全く同じ反応です。一方、光合成をする別の細菌グループ(光合成細菌)は硫化水素を材料に使い、酸素を発生させません。この違いが、シアノバクテリアと光合成細菌を区別する大きなポイントです。
参考:シアノバクテリアの光合成色素と構造について(日本植物生理学会公式Q&A)
シアノバクテリアについて|みんなのひろば - 日本植物生理学会
「シアノバクテリア(ユレモ・ネンジュモ)」と「光合成細菌」は、どちらも葉緑体を持たないのに光合成をする原核生物という点では似ています。しかし、両者には重要な違いがいくつかあります。
まず、光合成色素の違いです。シアノバクテリアは「クロロフィルa」を中心色素として持ちますが、光合成細菌は「バクテリオクロロフィル」という別の色素を使います。両者は化学的に近縁な化合物ですが、吸収する光の波長が少し異なります。
次に、光合成の種類の違いがあります。シアノバクテリアは水を材料にして酸素を発生させる「酸素発生型光合成」を行います。光合成細菌は水ではなく硫化水素などを材料として使うため、酸素を発生させません。これを「酸素非発生型光合成」といいます。
酸素発生型か否かが原則です。
この「酸素を発生させるかどうか」の違いは、地球の歴史と深く関わっています。シアノバクテリアの祖先は約30〜25億年前に地球上に出現し、酸素発生型光合成によって海に大量の酸素をもたらしました。その酸素が海中の鉄と結合して酸化鉄の地層(縞状鉄鉱層)を作り、さらに大気中に酸素が充満することで、多様な好気性生物(酸素を使って呼吸する生物)が誕生するきっかけになりました。
つまり、現在の地球上の豊かな生物多様性は、ユレモやネンジュモの先祖であるシアノバクテリアの光合成活動によって作られたとも言えるのです。これは知っておくと面白い事実ですね。
| 比較項目 | シアノバクテリア(ユレモ・ネンジュモ) | 光合成細菌 |
|---|---|---|
| 光合成色素 | クロロフィルa+フィコビリン類 | バクテリオクロロフィル |
| 使う材料 | 水(H₂O)+二酸化炭素 | 硫化水素など+二酸化炭素 |
| 酸素の発生 | あり ✅ | なし ❌ |
| 代表例 | ユレモ・ネンジュモ | 緑色硫黄細菌・紅色硫黄細菌 |
参考:シアノバクテリアと光合成細菌の違いをわかりやすく解説(Try IT)
高校生物 5分でわかる!光合成細菌とシアノバクテリア - Try IT
ユレモとネンジュモは同じシアノバクテリアですが、実は一つの大きな違いがあります。それが「窒素固定」の能力です。窒素固定とは、空気中の窒素分子(N₂)をアンモニア(NH₃)に変換する働きのことで、植物や多くの生き物が直接利用できる形に窒素を変えるとても重要なプロセスです。
ネンジュモは窒素固定ができますが、ユレモには窒素固定能力がありません。
これは入試でもよく問われるポイントです。「シアノバクテリアの中でも窒素固定をするのはネンジュモのみ」と覚えておきましょう。
ネンジュモが窒素固定をできる理由は、細胞糸の中に「ヘテロシスト(異質細胞)」と呼ばれる特殊な細胞を持つためです。ヘテロシストは通常の光合成を行う栄養細胞とは異なり、窒素固定酵素(ニトロゲナーゼ)を活性化する専用の細胞です。ニトロゲナーゼは酸素に弱いため、酸素の影響を遮断できるヘテロシストの中でのみ効率よく機能します。
ヘテロシストが条件です。
ネンジュモが窒素固定をできることは、農業や生態系にとっても非常に重要な意味を持ちます。水田に生育するネンジュモは、窒素固定によってアンモニアを土壌に供給し、稲の成長を助ける天然の「肥料工場」として機能しています。化学肥料が普及する以前の農業では、こうした生物の窒素固定がいかに重要だったかがわかります。
また、ネンジュモはコケ植物(ウスバゼニゴケなど)やソテツ、地衣類といったさまざまな植物と共生関係を結び、窒素固定の産物を宿主に提供することが知られています。一方、ネンジュモが光合成で作った有機物も宿主に渡すケースがあり、一種の「持ちつ持たれつ」の関係で生きています。
参考:ネンジュモの窒素固定とヘテロシストの解説(Try IT)
高校生物 5分でわかる!窒素固定生物 - Try IT
ここからは、お子さんの教科書には出てこないかもしれませんが、知っておくと理科がぐっと面白くなる話題です。実は、現在の植物が持つ「葉緑体」は、もともとシアノバクテリアが別の細胞の中に取り込まれて生まれたと考えられています。これを「細胞内共生説(内共生説)」と呼びます。
内共生説によると、約10〜12億年前に、すでにミトコンドリアを持っていた真核細胞が、シアノバクテリアを細胞の中に取り込みました。飲み込まれたシアノバクテリアは消化されることなく、細胞内で共生し続け、徐々に「葉緑体」へと変化していったとされます。
この説の根拠はいくつかあります。葉緑体とシアノバクテリアは、クロロフィルaという同じ光合成色素を持っていること、葉緑体には独自のDNA(遺伝子)があること、葉緑体は細胞分裂とは独立して自ら増殖できることなどが挙げられます。
意外ですね。
つまり、ユレモやネンジュモのような現代のシアノバクテリアは、植物の葉緑体の「生き残った遠い親戚」と言える存在なのです。植物の光合成とシアノバクテリアの光合成が基本的に同じメカニズムであるのも、このような深い進化上のつながりがあるからです。
大阪大学の研究グループは2018年に、葉緑体がシアノバクテリアから独自に獲得した仕組みを世界で初めて解明し、内共生説の詳細な理解が大幅に進みました。植物の光合成研究は今もなお進化し続けています。
参考:葉緑体成立の謎の解明(大阪大学公式リリース)
参考:シアノバクテリアの進化と葉緑体の関係(東京薬科大学)
ここまで読んでいただければ、ユレモとネンジュモがなぜ理科教育で重要なのかがご理解いただけたと思います。最後に、高校入試や定期テストで問われやすいポイントを整理します。お子さんが「先生に聞かれた」「問題集に出た」という場面でも、すぐに解説できるようになります。
まず押さえておきたいのは「原核生物」という分類です。ユレモもネンジュモも核を持たない原核生物であり、大腸菌や乳酸菌と同じグループに属します。一般的な植物や動物は真核生物なので、ここが最初の区別ポイントです。
次に光合成色素の違いが重要です。シアノバクテリア(ユレモ・ネンジュモ)はクロロフィルaを持ちますが、光合成細菌(緑色硫黄細菌・紅色硫黄細菌)はバクテリオクロロフィルを持ちます。どちらも葉緑体を持たずに光合成をする点は共通ですが、色素が違うということを覚えましょう。
以下に試験対策用のポイントを整理します。
- ユレモとネンジュモの共通点:どちらもシアノバクテリア(原核生物)、クロロフィルaを持ち光合成をする、酸素を発生させる
- ユレモとネンジュモの違い:ネンジュモはヘテロシストを持ち窒素固定ができる。ユレモは窒素固定ができない
- シアノバクテリアと光合成細菌の違い:光合成色素がクロロフィルaかバクテリオクロロフィルか。酸素を発生させるかどうか
- 植物との違い:植物は真核生物で葉緑体を持つ。シアノバクテリアは原核生物で葉緑体を持たないが光合成はできる
また、日常生活でシアノバクテリアに出会う機会は意外とあります。庭の石や土の表面にできるぬるっとした暗緑色の塊「イシクラゲ」は、ネンジュモの仲間です。雨上がりにブヨブヨと膨らんでいるのを見かけたら、それが生きたシアノバクテリアです。ネンジュモは乾燥すると皮革質に硬くなり、水を含むとゼラチン状に戻るという、非常に強い乾燥耐性を持っています。
つまり身近にいる生き物です。
お子さんと一緒に近所でイシクラゲを探してみるのも、理科の学習を楽しくする一つの方法です。実際に見て触れることで、「葉緑体がない生き物が光合成をしている」という不思議な事実が、より具体的にイメージできるようになります。
参考:国立科学博物館による藍藻(シアノバクテリア)の分類解説