データベース研究と倫理審査の正しい手続きと判断基準

データベース研究と倫理審査の正しい手続きと判断基準

データベース研究の倫理審査:歯科従事者が知るべき正しい判断基準

患者データが「匿名加工済み」でも、倫理審査なしで論文を出すと掲載拒否されます。


この記事の3つのポイント
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審査が必要かどうかの判断基準

「匿名加工情報を使えば審査不要」は一部の条件下での話。歯科の診療録データを用いる多くのケースでは、生命科学・医学系研究倫理指針の対象となり、倫理審査が必要です。

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オプトアウトの正しい手続き

患者から同意を得なくても研究できる「オプトアウト」には、ホームページ等への情報公開・拒否機会の保障という必須条件があります。この手続きを踏まないと指針違反になります。

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NDB・KDB利用時の審査の流れ

NDB(ナショナルデータベース)を研究に使う場合、所属機関の倫理審査に加え、厚生労働省の専門委員会による審査も必要です。申請から利用開始まで数か月を見込む必要があります。


データベース研究における倫理審査の要否判断:歯科従事者が最初に確認すべきこと


データベース研究に取り組もうとした際、「これは倫理審査が必要なのか」と迷う歯科従事者は少なくありません。結論から言えば、使用するデータの種類と研究目的によって、審査の要否は大きく変わります。


「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」(2021年6月施行、以下「生命・医学系指針」)が現在の基本ルールです。この指針では、既存の診療記録や検査データなど「既存試料・情報」を活用する研究も対象に含まれると明記されています。


特に注意が必要なのは「匿名加工情報」の扱いです。


「既に作成されている匿名加工情報のみを用いる研究」は指針の対象外となり、原則として倫理審査は不要とされています。ただし、この「匿名加工情報」が指すのは、個人情報保護法の定める基準を満たした加工を施されたデータに限られます。単に名前や患者IDを削除しただけのデータは「匿名加工情報」には該当しません。これが原則です。


歯科クリニックの診療録をそのまま統計処理に使うようなケースは、ほぼすべて指針の対象となり、倫理審査が必要と考えてください。一方、日本歯科衛生士会や日本障害者歯科学会など各学会が公表しているオープンデータを使ったメタアナリシスや、公開済み論文のデータのみを用いる総説的研究は、倫理審査を必要としない場合があります。


































データの種類 倫理審査の要否 備考
自院の診療録(氏名等あり) ✅ 必要 個人情報に該当
自院の診療録(連結不可能匿名化済み) 🔵 原則不要 匿名加工情報の要件を満たす場合
NDB(ナショナルデータベース) ✅ 必要(別途申請あり) 厚生労働省専門委員会の審査も別途要
公開済みメタアナリシス用データ 🔵 原則不要 公開情報のみを用いる場合
9例以下の症例報告 🔵 原則不要 侵襲・ゲノム解析がない場合


「匿名化すれば自由に使える」というのが読者の常識かもしれませんが、実際は匿名化の方法と用途次第で大きく判断が分かれます。まずこの表で自分の研究がどこに該当するかを確認することが第一歩です。


参考リンク(生命・医学系指針の審査要否判断フロー)。
人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針(令和5年改正)フローチャート付き|厚生労働省


データベース研究における倫理審査の申請手続き:歯科施設での具体的な流れ

倫理審査が必要と判断したら、次は申請手続きです。意外と時間がかかる点が、多くの歯科従事者が見落としがちなポイントです。


通常、申請から審査結果の通知まで1か月半〜2か月程度かかります。迅速審査の場合でも2〜4週間を要するのが一般的です。「来月の学会発表に間に合わせたい」というスケジュールでは、まず間に合いません。研究開始の3か月前には動き始めることが基本です。


勤務先の病院や大学に倫理審査委員会(IRB)が設置されている場合は、そこに申請します。しかし歯科クリニックなど小規模施設には委員会がないことも多いです。


その場合は、以下の選択肢があります。



  • 日本歯科医学会連合が認定する研究支援機関・学会の倫理審査委員会への外部申請

  • 日本小児歯科学会、日本歯周病学会など各学会が設置する委員会への申請(学会員であること等の条件がある場合あり)

  • 大学病院や医療機関の倫理審査委員会への外部依頼


申請に必要な書類は一般的に次の通りです。



  • 倫理審査申請書(機関の様式に従う)

  • 研究計画書(研究目的・方法・対象・期間・個人情報保護の方針などを詳細に記載)

  • 情報公開文書(オプトアウト用:後述)

  • 研究対象者への説明書・同意書(対象者から直接同意を取る場合)

  • 研究倫理に関するe-Learningの受講証明(日本歯周病学会など一部学会で必須)


申請書類のなかでも、研究計画書は審査の可否を左右する重要書類です。「なぜこのデータが必要か」「どのように個人情報を保護するか」「研究結果をどのように公表するか」という点を具体的に記載する必要があります。計画書が不十分だと差し戻され、さらに時間がかかります。


申請は必ず研究開始前に完了させてください。


研究を始めてから後付けで倫理審査を受けることは、原則として認められていません。後から審査を受けようとしても、主要な学術誌では「研究開始前に倫理審査を受けた」という証明を求めるため、論文掲載が認められないケースがあります。先に動いてしまうと、労力が無駄になるリスクがあります。


参考リンク(日本歯周病学会の倫理審査手続きについて)。
日本歯周病学会 倫理委員会|研究倫理に関するe-Learning受講証明の提出要件あり


データベース研究でのオプトアウト手続きの正しい運用方法:歯科施設が必ず実施すべき公開要件

データベース研究において特に混乱しやすいのが、「オプトアウト」という手続きです。これは患者一人ひとりから直接同意(インフォームド・コンセント)を取得する代わりに、研究情報を公開して患者が「参加を拒否できる機会」を保障するという方法です。


侵襲を伴わない観察研究や、既存の診療情報のみを用いる後ろ向き研究では、倫理審査委員会の承認のもとでオプトアウトを利用することが認められています。これは便利な仕組みですが、「公開さえすればよい」という誤解が生まれやすいです。


オプトアウトには、具体的に以下の条件を満たす必要があります。



  • 🔍 研究情報の公開:研究目的・対象・使用データ・責任者連絡先などをホームページ、院内掲示板、または書面にて公開する

  • 🚫 拒否機会の保障:研究対象者が「自分のデータを使わないよう求める」手段(連絡先など)を明示する

  • 📅 一定の周知期間:公開してからすぐにデータ収集を始めるのではなく、患者が拒否できる期間を設ける


重要な点があります。


ホームページで公開する場合、「トップページから5〜10回クリックしないとたどり着けないような奥まった場所」への掲載は不十分と指摘されています(厚生労働省・文部科学省の審議会資料より)。患者が合理的にアクセスできる場所への掲載が求められます。


また、自院のホームページがない場合は院内掲示が認められていますが、その際も目立つ場所への掲示が必要です。


オプトアウトを使う場合でも、必ず事前に倫理審査委員会の承認を得ることが前提です。「オプトアウトすれば審査不要」ではありません。この点を誤解している歯科従事者が一定数います。倫理審査の承認が先、オプトアウト公開はその後です。


参考リンク(オプトアウトの詳細要件)。
臨床研究の種類・倫理審査・オプトアウト・インフォームドコンセントの解説資料|日本救急医学会


NDB・KDBを使った歯科データベース研究の倫理審査:二重申請が必要になる理由

歯科領域の研究でNDB(ナショナルデータベース=匿名医療保険等関連情報データベース)やKDB(国保データベース)を活用するケースが増えています。NDBには2009年4月診療分から歯科レセプトデータが格納されており、大規模な疫学研究が可能です。


しかし、これらの大規模データベースを利用する際には、所属機関の倫理審査に加えて、別途の申請審査が必要になります。これが「二重審査」として手間になる部分です。


NDBを使う場合の主な手続きフローは以下の通りです。



  • ① 所属機関の倫理審査委員会で研究計画の承認を受ける

  • ② 厚生労働省にNDBデータの提供申出書・研究計画書・倫理審査結果通知書などを提出

  • ③ 厚生労働省の専門委員会(有識者委員会)にて研究内容・セキュリティ体制などを審査

  • ④ 承認後にデータ提供・利用開始


審査は通常審査と簡易な審査(サンプリングデータセット等)の2種類があり、特別抽出(オーダーメイドでデータを抽出してもらう方法)は厳しい審査基準が適用されます。申請から利用開始まで数か月を要することも珍しくありません。


さらに論文等で結果を公表する前には、厚生労働省への「公表前確認」の手続きも必要です。NDB利用に関するユーザー会資料によれば、論文投稿中に公表前確認を申請し、承認を得た上で公表するという流れになります。これを知らないまま論文を先に提出すると、後になって差し戻しのリスクがあります。


費用面でも確認が必要です。


NDBの利用には手数料(基本利用料・調整業務料・データ料など)が発生します。利用方法や提供データの種類によって金額が異なるため、事前に厚生労働省の窓口で確認することをお勧めします。KDBは国保連合会が管理しており、利用条件が異なりますが、こちらも倫理的な配慮と利用目的の適切性が審査されます。


参考リンク(NDB利用マニュアル・申請手順)。
匿名医療保険等関連情報データベース(NDB)の利用に関する情報|厚生労働省


データベース研究の倫理審査が不要なケース:歯科従事者が見落としやすい適用外の条件

すべてのデータベース研究に倫理審査が必要なわけではありません。正しく適用外のケースを把握しておくことで、審査申請の手間を省ける場合があります。


生命・医学系指針において「倫理審査が不要」または「指針の対象外」となるケースは主に以下です。



  • 既に作成されている匿名加工情報のみを用いる研究:対応表が存在しない、連結不可能な状態に加工されたデータのみを使う場合(ただし人(ヒト)試料を別途使用する場合は審査が必要)

  • 公開済みのデータのみを使ったメタアナリシス・総説:他の研究者が公開した論文やデータベースのデータのみを用いたシステマティックレビューなど

  • 9例以下の症例報告:統計解析や診療範囲外の追加解析を行わず、侵襲やゲノム解析もない場合(ただし所属機関の判断が優先される)

  • 院内統計・医療の質確認目的の集計:医療機関内の診療録を院内年報や統計作成のために単純集計し考察を加える調査

  • 法令に基づいて実施される調査研究:がん登録推進法や感染症法に基づく届出・調査など


「院内統計」は倫理審査なしで実施できるということですね。


ただし注意点があります。「匿名化したから審査不要」と判断する前に、その匿名化が個人情報保護法の定める「匿名加工情報」の基準を満たしているか確認が必要です。単に患者名を削除しただけでは基準を満たしません。具体的には、氏名、生年月日(年齢のみにする等)、住所の詳細、個人識別符号などの削除や置換が求められます。


また、「症例報告9例以下なら審査不要」というルールも、所属機関の規定によって異なります。


一部の歯科系学会では独自の審査基準を設けており、5例以下でも審査を求めるケースがあります。所属機関や投稿先学術誌の規定を必ず先に確認することが条件です。判断に迷う場合は、倫理審査委員会への事前相談(プレ相談)を利用するのが最も確実です。費用がかからず相談できる窓口を設けている委員会も多くあります。


参考リンク(日本障害者歯科学会の倫理審査申請ガイドライン)。
研究倫理審査申請|日本障害者歯科学会(適用範囲・匿名加工情報の解説あり)




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